報告・依頼等のデータが山ほど詰め込まれた記憶媒体を握り、私は本局の奥へと進む。
 お掃除ガジェットが忙しなく働くのを、ちょっぴり複雑な気持ちで横目に見ながら。

 しかし、と私は思う。こうして膨大な量のデータを持って行く度に。
 あの人は、本当に人間なんだろうか? と。正直、生身の肉体でできる芸当じゃない。
 彼と親しい教導隊のエースオブエースもそうなのだが。以前、ディエチにボソッと言われて随分ショックを受けていた。
 ……この際ぶっちゃけちゃうと、私の周りには規格外が多すぎる。そりゃもうなんか凄い勢いでぶっ飛んだ能力持ってる連中しかいない。
 ともかく、二人(+他多数)をそんな風に言うと酷い言い草だし、私からでは性質の悪い皮肉にしかならない気もするが。

 そんなこんなで、私は目的地である無限書庫、の入り口に無事到着した。
 技術が進んでいるミッドチルダで、なぜわざわざ手渡しなんかをしているのかというと、ひとえに父の影響だ。
 父ことゲンヤ・ナカジマ。見た目はいかにもずぼらでぶっきらぼうなのだが、人一倍どころか二倍も三倍も人付き合いを大切にする。
 どうも母に叩き込まれ習慣づけられたらしい。うちはカカア天下だったのだ。年下の母の尻に敷かれる父はそれはそれは滑稽で面白かった。
 たまの休暇には家の中、トランクス一丁でビール片手に寝転んでいたところを母に引っぱたかれていたっけ。
 それをはやてさんに言うと「日本のオヤジそのまんまや」と大爆笑していた。娘としては恥ずかしい限りだ。いやはや全く、だらしのない父である。

 おっと、こんな所で感慨に耽っていては可愛い妹に示しがつかない。私は今、絶賛任務中なのだから。
 さりげなく、あくまでさりげなく周囲を確認し、素早く手鏡を取り出して身なりを整える。その間ジャスト五秒。
 母はこれを三秒で済ませていた。二秒の壁は果てしなく厚く高い。本当に凄い母だった。強い母だった。美しい母だった。私の誇りだ。私の目標だ。私の憧れの人だ。
 さあ、いざ参る。と、最近はやてさんに勧められてどうにもハマってしまった日本の時代劇風に気合を入れて扉をくぐると、私の体は重力から解き放たれた。



"名前で呼んでと手鏡に"



「スクライア司書長はおられますか?」
「……どうぞ」

 古びた本の匂いに包まれながら、もはや顔見知りの受付嬢に、一応建前として窺う。
 何度も訪れているし、ちゃんとアポもとってはいるが、これも父の影響なのか、それとも単に生まれつきなのか。
 相も変わらず無愛想な彼女に苦笑を零す。今度この子にはディエチ・オットー・ディードの三人恒例スマイルブートキャンプを受けるよう言ってみようか。
 父にも「あれはやりすぎだろう」と渋い顔をされたが、笑顔でいる方がきっと楽しいはずだ。――まあ無理に押しつける気はない。うん。
 しかし、あれが終わった後の三人はいつも死にそうな形相で、それでもなんとか笑顔を作って倒れるのだ。そんなになるまで頑張ってくれると感極まる。
 だから次はもっと笑顔の素晴らしさを知ってもらおうと、寝る間を惜しんで新たなメニューを組むのだ。……やっぱり今日勧めよう。そうしよう。
 いちいちこんなことを考えるあたり、随分過保護だなと自分でも思う。スバルは本当に良い子に育ってくれた。無茶しすぎなのがたまに瑕だが。

 話がそれてしまった。
 この無限書庫は広い。円筒状をしているここは、見上げても果ては見えず、見下ろしても然りだ。

「よう、いつもご苦労さん」
「こんにちは。無理しないで下さいね」

 何冊も本を速読している司書さん達と挨拶を交わしながら、司書長を捜す。死体のように漂う司書さんには軽くヒーリングをかけるのも忘れない。
 しかしまあ、あれだけの量を速読しもってよく挨拶ができるものだ。しかも普段交わすかの如き軽さで。無理でしょ普通。やっぱりここはどこかおかしい。

 初めてここを訪れた時は、もうほんとに、開いた口がふさがらなかった。多分良い思い出ではない。あんまり思い出したくないから。
 今ほど人数は多くなかったし、魔法の熟練度もまだ低かったはずだ。まるで馬車馬よろしく常に全力全壊な戦場であった。誤字に非ず。
 だが「初めの頃と比べりゃ楽になった方だよ」と、古参な司書の皆さんに口を揃えて言われた時には、もう、ね?
 今では懐かしそうに昔話をしてくれるが、話を聞く身としては、酷く引き攣った顔であははと乾いた笑みを浮かべながら聞くしかない。
 ううむ、笑顔を教える側として、これでは可愛い教え子たちに申し訳ない。そんな時こそ花の如き笑顔で傷心な相手を癒せなければ。
 新たな決意を胸にしながら思い出す。管理局が誇る三人のエースも、暇を見つけては手伝いに来ていたらしい。今もたまに来るらしいが。
 ただでさえ休暇は少なかっただろうに。しかもまだ十五にもなっていない少女達があんな地獄をお手伝い。お人好しとかそんな次元じゃない(褒め言葉)

(こんな事言ったら、きっと怒られるんだろうなぁ)

 ちょっと笑みをこぼして、なんやかんやで上へ上へ。ようやく探していたシルエットを見つけた。
 これもいつも思うのだが、遠くから見ると本当に女性にしか見えない。失礼だが、どうしてもそう見えてしまうのだ。
 そして拭えない疑問が今日もまた。一体何冊の本を速読しているのやら。
 つい最近「ようやく三十七冊同時に読めるようになったんだ」とか言ってたっけこの人。
 あぁ、そうなんですかぁ、としか言えない。いや、それ以外何を言えというのか。知っている人がいたら教えてください。
 某提督が「やはりあいつは人間じゃない。フェレットなんだよ」とか訳のわからないことを言っていた。本気でわからない。
 確かに司書長はとても中性的な顔立ちをしていて、その、可愛らしい。確かフェレットは「すっごく可愛いの!」とヴィヴィオが言っていたから、繋がるものはある……のか?
 とにかく司書長は線が細い。筋肉はそれなりについているらしいが。あと、肌は私より白いんじゃないかって思うくらい白い。
 ……女としてはかなり悔しい。なのはさん達の『女の自信』についての考察を伺った時、頻りに頷いてしまったのには、誰も文句は言えまい。

「やあ、ナカジマさん。いらっしゃい」

 一人考え込んでいると、こっちに気づいたのか、女の自信を見事に掻っ攫ってしまった本人その人が声をかけてくれた。
 すると、彼の周りに浮かんで忙しそうにページを捲られていた本達は一斉にパタンと音を立て、彼の隣に綺麗に積み上げられた。
 ここに訪れる人は、大抵任務関係なのだが、彼はそういった人達を客人として扱っている。
 なので、私みたいな客とはちゃんと向き合って話すことにしているそうだ。
 さすが謙虚な司書は格が違った。

「お邪魔してます。あと司書長、呼び方はギンガで良いといつも言っているじゃありませんか」
「なら君も、僕のことはユーノと呼ぶべきだね」
「それは……むぅ」

 相変わらず意地悪だ、この人は。優しいのは優しい。度が過ぎるくらいに。
 ただ、気心が知れた相手には悪戯好きなのだそうで。こんな顔は親しい間柄の人以外には見せたりしないらしい。
 役得? いやいや、そんな事はない。これで役得なら、なのはさんはとっくにゴールインしてそうなものだ。

「まあ、それは置いとこう。さて」

 フレンドリーな雰囲気はどこへやら。
 一呼吸ついた彼は、あっという間に無限書庫司書長ユーノ・スクライアへと早変わり。
 上に立っていたら、自然と身についてしまったらしい。

「本日はどういったご用件でしょうか、ナカジマ陸曹」

 司書長もそうだが、ここの司書さん達も、こういったメリハリをつけるのが非常に上手い。
 この緩急をつけられるようになって初めて、一人前の司書になれるんだとか。
 いや、その前に魔法の熟練度なり、仕事のペース配分なりあるだろう、と思ったりしたが「そんなもん、辞めてく奴にゃ関係ない」だそうだ。

 無限書庫、給料がとんでもなく高いのだ。まあこれだけの仕事量だと納得してしまうのだが。ただ本人達は使う暇なんてないらしい。
 さらっとなんだか虚しさが募るような事を言ってしまった。まあ司書さん達の金銭事情は別として、やはり高額な給料は魅力的だ。
 お金は人の目を眩ます。なので、ここがどういう場所だが知らずにホイホイやってきたら――。
 まあ、言わずもなが、だろう。

「昨今、第九管理世界で横行していた遺跡盗掘。そしてその盗掘品の密輸と強制使用。
 その解決の際に有益な情報を多数提供していただき感謝すると、ゲンヤ・ナカジマ部隊長、教会騎士団を代表して、騎士カリム・グラシアからの伝言です」
「こちらとしては、当然のことをしたまでですよ」
「いえ、いつも本当に助けられています。感謝しつくせません」

 JS事件の後、管理局地上本部の機能がかなり麻痺したことにより、次元世界各地で犯罪が多発した。
 いくら優秀な魔導師が本局側に流れているとはいえ、地上本部を欠いては手が回りきる筈もない。
 というより、JS事件以前も、地上部隊は厳しい状況で危うい綱渡りをしていたようなものだったのだ。
 そんな折にあの一大事。しかも内部から起きた衝撃までをも耐えられる余力が、地上部隊にはなかった。

 そんな訳で、比較的被害が少なかった私の所属する陸士108部隊は、四方八方を駆けずり回っているのである。
 無限書庫にはかなり便宜を図ってもらっており、非常に大きなバックアップとなってくれたので、父も大助かりだと喜しそうだった。
 まあ、峠はすでに越えられたであろう状況なので、こうして今までは出来なかった直接の受け渡しをやっているのだ。

 ここが物置だった(らしい)当時からは考えられもしないが、現在無限書庫は管理局全体をも左右する力が備わってきている。
 技術が進むミッドにおいて、情報戦の傾向は一層増しており、より多くの情報をどれだけ迅速且つ正確に集められるかは、隊の、ひいては局の死活問題だ。
 更には遺失物、ロストロギアと呼ばれる未知の力を管理せねばならない管理局にとって、それらの情報を得られるか否かは局員の命にもかかわる。

"敵を知り、己を知らば百戦危うからず"

 なのはさん達の世界で有名な言葉だ。
 己はともかく、敵を知らば百戦危うからず。逆に言えば、何も知らなければ、百戦全てが危険に満ちた戦いとなる。

 叩き上げが多い管理局ではどうも軽視されがちだが、情報というものは命を守る盾となり、敵を穿つ矛にもなりうるのだ。

 随分立派な事をいった気がするがしかし、これは無限書庫の方々からの受け売りだったりする。速s……鍛錬が足りない!

「あと、これが今回の件に関するデータと、次の依頼についてです」

 なぜだが最速で駆け抜ける男とエリオが脳裏を猛スピードでブッ飛んで行ったのを華麗にスルーしつつ、私は持って来た記憶媒体を手渡す。

「確かに受け取りました。明後日までには、そちらにデータを送れると思います」
「助かります」

 やり取りを終えて、私は一つ息を吐く。

「いちいち疲れますね、こういうのは」

 彼も「そうだね」と、表情を崩して答える。もうある程度は、お互いを知っている仲なのだ。
 建前上仕方ないとしても、気を張らなければならないので面倒といえば面倒である。
 父は流石に慣れたが、スバルやティアナといった面々と義務的に話すと、どうしてもおかしさが拭えない。
 まあ、仕方ないといってしまえば、そこで終わる話だが。

「それになんだか、遠慮しすぎてるみたいで変ですし」
「なら、敬語も使わなくていいんじゃないかな」

 この人はなんでこう、こんな恐ろしいことをさらっと言うのか。
 やっぱりわかってない気がする。自分の立場とか色々。

 彼は無限書庫の司書長。本局の重役会議にも出席するような人物なのだ。
 しかも、局内でもかなりの力を持つ人達とも随分つながりがある。
 クロノ・ハラオウン提督、リンディ・ハラオウン総務統括官、レティ・ロウラン提督……etc

 挙げれば挙げるほど、こんなにフランクに喋っている事が恐ろしくなる人脈である。
 自分はと言えば、陸曹で捜査官。あと二級通信士。以上。あ、コネはちょっとあるか。
 ……ううむ。

「そんなこと、できる訳ないでしょう」
「どうして?」
「どうしてって……。とにかく、できません」
「そんなに気にしなくていいと思うんだけど」
「あなたはもっと気にしてください」
「ん?」
「……いえ、別に」

 何が「ん?」なのだ。何が。
 やっぱりわかってない。全然わかってない。絶対わかってないこの人。
 絶対、自分は特に大した事無い、とか思っているんだろう。どこが大した事無いのだ、どこが。
 攻撃魔法使えないくせに総合Aとか、魔力は並しかないのにAAAランクの砲撃をデバイスなしのラウンドシールドで受け切るとか。
 規格外にも程がある。しかも空まで飛べるなんて。……むう。

 悔しい。あまりに悔しい。これだけの力があるのに、こんな涼しい顔でどうでもないようにしてるのが余計に悔しい。
 歳は二つしか変わらないのに、この余裕の差はなんなのだ。一体何が違うのか。経験か? 経験の差なのか? ……やっぱり肌の白さかっ!?

「あの、ナカジマさん?」
「ギンガでいいです」
「ああ、ごめんね。それより――」
「なんです!?」
「――なんでもないです」
「そうですかぁっ!!」

 本当に悔しい。なんで私の周りにはこんなに規格外が多いんだ。わからない。謎過ぎる。
 妹のスバルもめきめき実力伸ばしてるし。こっちは追い抜かれないようにするだけで必死なんだ。
 しかも最近模擬戦で負けちゃったし! エリオにも結構追い詰められたし! ティアナはやらしい戦い方してくるし!
 仕事忙しいからちょっと肌荒れてきたし! だからいつもより頑張っておめかしして今日は髪型もちょっと変えたのに目の前の男は全然気付かないしっ!
 女の子のちょっとした変化はちゃんと見つけて言ってあげるのが紳士の嗜みってものでしょうって本にも書いてあった!(?)

「えっと」
「ユーノさん!」
「は、はい?」
「あなたは一体何なんですかっ!?」



― ― ―



「すいませんでした」
「いや、気にしないで」

 頭を下げる私に、笑顔でそう言って紅茶を出してくれた。
 やっぱり優しい人だ。やれやれ、器が違うのだろうか。精進が足りないにも程がある。

 あの後、どうにもテンパってしまった私を彼は司書長室に連れて行ってなだめてくれた。
 ……なだめてくれた、って、これじゃあまるっきり子どもじゃない。うくぅ、情けない、恥ずかしい……。

 今度、滝修行でもやってこようか。度量も増すだろう。時代劇では非常に効果がありそうに見えるので、いいかもしれない。
 日本に行ってSAMURAIのBUSIDOUというものを肌で感じてくるのも一興か。遠い御先祖様の故郷らしいし。
 BUSIDOUは精神、ひいては魂を重視すると聞く。なんと崇高で誇り高いウイングなロードなのだろうか。
 やっぱり行こう。次の休暇。スバル誘って。ていうかスバルは一回行った事あるし。……なんでスバルは行けて私はダメなのか、非常に謎である。
 とにかく行きたい。実物の刀も見てみたいし。剣道とか柔道も習いたいし。新技の参考になるかも。それから着物着たい。あと和菓子。団子! 桜餅!

 そんな妄想を白い湯気に溶かしながら、手にした紅茶をずずずと啜る。む、少し行儀が悪かったか。しかし美味い。
 テーブルを挟んで、ソファーに座る私と彼。そのテーブルにはこれまた美味しそうなケーキが食べて欲しそうにこちらを見ている。
 私はうんうん食べてあげるよお願いされなくてもとつい手を伸ばしてしまったが、いつもの笑顔でじっと見つめられて、思わず手を引っ込めた。

「どうぞ。美味しいよ」
「いや、流石にそこまで……頂きます」

 女は甘いものに勝てない。私はその最たる例である。いや、妹の方が適任か。
 そんなどうでも良い事を考えながら、頬が少し熱いのを気のせいにしてケーキをもぐもぐ。うん、美味い。
 聞くと、なんでもなのはさんの実家のケーキなんだとか。いやはや、実に運が良い。一度食べてみたかったのだ。
 以前スバルが「もおすっごく美味しかったんだよギン姉! ほっぺた落ちるかと思った! いや落ちたね!」などと言ってくれた。そりゃもう至福の笑みで。畜生。
 その時は丁度任務で遠くへ行っていたので食べられなかったのだ。それはもう後悔した。もう少し犯人をドリルで貫いていればよかったとさえ思ったくらいに。畜生。
 まあそんな事情があって、今私はこの限りある幸福を時間をかけてたっぷり味あわせて頂いている訳だが、

「司書長は食べないんですか」
「ん……ああ、そうだね、頂こうかな」

 いや、頂くも何もあなたのでしょう。全く、なんというか、世話の焼ける人だ。
 タイプは違うが、父と似通った部分があるなぁ、と感じる私である。まるで母親だ。ふむ、母に近づけている点は嬉しい。

 自分の分も手にとって、なんとも美味しそうに食べる彼。
 頭を使った後は甘いものに限る、という持論を最早人生から切っても切れない図太い赤い糸で結んでしまっている私である。
 あれだけ頭を酷使しているこの人だ。やっぱり甘いものは好きなんだろうなぁ。いや、そうに違いない。きっとたらふく食べているはずだ。
 そうじゃないと説明つかないし! 私の体重が! なんか最近体重計のよりによって一番大きな目盛りが二つほど反時計回りに進んだんだもん!

 まずいまずいと思いつつもフォークを持つ左手が進むわ進むわ。やばいなにこれおいしすぎる。
 このままでは私のメンタルというか精神的に失っちゃいけない何かがこのケーキにデストロイされてしまう。でもほんとおいしい。やめられないとまらない♪ かっ(ry

 結局、この悪魔の果実ならぬ悪魔のお菓子の誘惑にデンプシーロールをかまされつつ食べ続ける私。
 想像してみたら異様に異常かつシュールすぎるその光景に思わず誘惑の塊を喉に詰まらせかけた。紅茶っ、紅茶ーっ!


 ――なんだかほんとにダメダメである。溜息をついて最後の一口を含むと歓喜の吐息がもれた。至福の一時に頬が緩む。
 そんな私をじっと見つめる視線がひとつ。はっと気づいて彼を見ると、なんとも楽しそうな笑顔でじっとこちらを見ているではないか。じっと。
 こんなに見つめられると、流石に気恥ずかしくて思わず身を小さくしてしまう。
 ていうかさっきまで私の頭の中はカオスそのものだったのだ。表情がころころ変わったりやらくねくねしてたりやらしていたかもしれない。
 まずい。さっきとは違った意味で非常にまずい。かなり恥ずかしい。妙に顔が熱い。まともに視線を合わせられないではないか。

「な、なんですか」
「見てて飽きないなぁ、と思って」
「う……ちょっと悪趣味ですよ」
「ごめんね、つい」

 悪戯っ子のように、屈託なく笑う彼。
 ああもう、顔から湯気が出そう。真っ赤になって俯いちゃう私。参ったな。

「やっぱり姉妹なんだね」

 必死に心中で平常心を心掛ける私に、彼はよくわからないことをぼそっと呟いた。
 頭に?浮かべているであろう私に、彼はくすくす笑いながら言葉を続ける。

「君の妹。良く似てるよ。しぐさとか色々」
「は、はぁ。そうなんですか」
「うん。返事の仕方もそっくりだ」

 なんだかそんなに似てる似てると言われると、嬉しいやら恥ずかしいやら。
 ていうか、そこまで似ていたんだろうか。まあ、顔が熱いのをごまかすチャンスかもしれない。

「スバルはよくここに来るんですか?」
「いや、この前食堂で偶然会ってね。ランスターさんも一緒だったな」
「はぁ」

 どうも、彼の顔を覚えていたらしいスバルが話しかけたので、一緒にランチタイムとなったそうだ。
 スバルは長期任務から帰ってきたティアナを迎えに本局へ赴き、その時に出会ったそうな。
 ……ていうかその前に、

「あの、司書長」
「ん?」
「ティアナまでランスターさんなんですね」
「おかしい?」
「いや、おかしいで……おかしくないのかなぁ」

 不思議そうに首を傾げる彼に、私は頭を抱えてしまう。
 この調子だと、スバルもナカジマさんなんだろう。エリオやキャロもファミリーネームで呼ぶのだろうか。
 なんというか、地位的にも立場的にも雲の上にいるような人が、こんなに腰が低くていいものなんだろうか。
 ……まあ、なんとかなってるみたいだし、いいのだろう、多分。いやきっと。

「そういう態度が必要な時には、仮面被るけどね」
「……?」
「君達には必要ないだけだよ」
「はぁ……そうですか」
「ん。やっぱり、翠屋のケーキは美味しいね」

 そう言って、美味しそうに最後の一口を咀嚼する彼。
 ……どうもペースがつかめない。のらりくらりと、雲みたいにマイペースな人だ。
 普段はこうなのだろうか。読書や検索の魔法を駆使する彼は、こちらが痺れるぐらい刺激的だというのに。
 この酷いギャップも父そっくりかもしれない。ああ、だからって私には関係ないか。ナカジマさんだし。



 さて、随分長居をしてしまった。そろそろ戻らなければ、流石に父に怒られそうだ。

「そろそろ戻ります」
「ああ、もうこんな時間なんだ」

 そう言って、彼はデジタルな時計を見る。もう時刻は訪れた時から数字を+2しようとしている。
 彼が少し残念そうに見えたのは気のせいだろう。ナカジマさんだし。

「お邪魔してすいません。ケーキ、ご馳走様でした」
「ごめんね。大したもてなしもできなくて」
「いえ、そんな。十分ですよ」

 これだけしてもらって、どんな文句があるというのだろうか。
 ない。ないったらない。ないってば。信じてよ、私。ああ、ナカジマさん。

「それじゃあ」
「気をつけて」

 美味しいケーキを食べさせて貰ったというのに、どうも気分が乗らない。
 来て早々、受付の子に勧めようと決心した熱意はどこへやら。全く、訳がわからない。
 心中やれやれ。一人ふよふよ。無重力に抱かれながら、私は正面ゲートへと向かう。基本、出入り口はここしかない。

 ブートキャンプへの加入を勧めるようなやる気も起きず、私は退出手続きを済ましていく。と、

「そうそう、言い忘れてたけど」
「うひっ!?」

 いきなり後ろから声をかけられ、ビクつく私。変な声出ちゃったでしょう!

「な、なんです」

 全く、本当になんなのだ、この人は。神出鬼没なのか。
 当の本人は、相変わらず余裕の笑顔だ。なんだか白々しく見えてきた。くそう。

「髪、似合ってるよ」
「はぁ、そうですか」
「うん。それじゃあまたね、ギンガさん」

 そんな、全くもって訳のわからないやり取りを最後に、私は無限書庫を後にした。
 背後からの生暖かい視線になんて、もちろん気づかないまま。



― ― ―



「おう、随分遅かったな」
「……ちょっと」
「あん? もやし坊主となんかあったか」
「ある訳ないでしょ。親父くさいこと言って」
「かっ。わけーんだからもちっと遊べ。ったく」
「かわいい娘に対して言うセリフ? それ」
「あたりめーだ。お前もスバルもちびだぬきも他のも、ガキのくせに仕事しすぎなんだよ」
「不器用」
「うるせぇ」

 全く、帰ったら帰ったで恥ずかしい父である。
 大体何かあるわけないでしょ。私が司書長となんて。むしろこっちから願い下げ――


――髪、似合ってるよ


「――やられたーっ!!」
「うおっ!? 何だいきなり?!」

 父の仕事机をバァンッ!! と両手でぶっ叩き、凹ませ陥没させようがなんのその。
 私の頭は急速に回転しだした。また最速の男とエリオが脳裏を駆け巡るが今度はスルーせず支援を請う。

 ラディカルかつグッドなスピードで激回転しオーバーヒート寸前のリボルバーのような頭に私は問う。問いただす。速さが足りないっ!
 最後、私は一体全体どんな場面にいたのだ、と。速さが(ry

「あ、あの人って、あの人って……」
「……おいギンガ。俺の愛用の机が随分と無残な姿になっちまったんだが?」
「うるさい静かにして! 今それどころじゃない!」

 ぎらつく視線は父を捉え、射殺すように目力を突き刺す。自分で言うのもアレだが、ちょっと怖いかもしれない。
 しかしそんな私の渾身の気迫にも全くうろたえない父。流石である。勤務中は。あくまで勤務中は。

「なんだコラ。ちゃっかり青春してんじゃねーか」
「なんでそうなるの!」
「ほれ」

 ニヤニヤやらしい笑みを浮かべて、父は私に投げよこす。
 手にあるのは手鏡。確かこれは、父が大事にしてる母の形見のだ。
 一体なんだと少し憤りながら手鏡を覗き込む。

 なんか茹蛸より真っ赤な私がいました。

「――ちょっ!?」
「さて、今日の晩飯当番は俺だったな。赤飯でも炊くか」
「な、なんで?! ていうかこんな時だけ張り切らないでよ! いっつもめんどくさいって駄々こねるくせに!」
「やかましい。家主は俺だ。俺の言う事は絶対であり正義なんだよ」
「職権乱用でしょ!」
「家憲乱用だ」
「屁理屈!」
「知るか」
「このっ――」


――それじゃあまたね、ギンガさん


「――〜〜〜っ!!」
「ギンガ、湯沸かせそうだぞ、デコで」
「うるさーいっ!!」

 ああああの人、絶対許さないんだからぁっ!
 最後の最後であんな、く、あんな……ああもうっ!!

「ユーノさん、呪ってやるぅ」
「ユーノさん、ね」
「なによっ!?」
「くっくっく、別に」
「なんなのよぉ……」

 ほんとにほんとに、訳のわからない、よくわからない、マイペースな人。
 こっちの気分なんてお構いなしに、覆ったりどこかへ行ったり。時々意地悪に雨降らしたり。
 ひょろひょろでたよりないかと思ったらしっかりしてて、私よりずっと凄くて。でも、どこか脆くて。ほっとけなくて。

 でもまあ――

「――ギンガさん、か」
「あん?」
「なんでもない」
「そうかい」

 全く、ナカジマさんの次はギンガさんと来たもんだ。全く、全くだ。
 一筋縄ではいかない人だ。背中に立てるようになるまで、随分厚く高い壁だこと。
 ふふん。いいだろう。破って見せよう。スバルに負けてばかりはいられない。私は姉なのだから。私だって、Strikerなのだから。
 次に会った時は、そう、さん付けなんてやめさせてやろう。ただし、私はユーノさんと呼ぶのだ。

「ユーノさん、ね」
「気持ち悪いぞ、ギンガ」
「小遣い減らす」
「女の顔になってきたな、ギンガ」

 調子のいい父親だ。やれやれ。
 男は女が見てやらないと、だらけてしまうように出来ているのではないだろうか。
 随分極論だが、まあそれも、悪くはない。

 うん、悪くないっ。

「父さん」
「あん?」
「明後日、私が無限書庫に行く」
「勝手にしろ」
「勝手にするわ」

 くっくっく、と親子で笑う。全く、話の早い父親だ。
 そんな時、通信が繋がってきた。相手はスバルだ。

『父さん、私今日早……ってギン姉もいたんだ』
「なぁに? いちゃだめなの?」
『そうじゃないけど。まあいっか。父さん私お腹ペコペコだから美味しいのお願いね〜』
「おう任せとけ。なんと今日は赤飯――」
「それは作らんでいいっ」

 スッパーン! と見事に決まったハリセンビンタ。はやてさん直伝である。スバルは『おー』なんて言ってる。
 赤飯なんて作る必要はないのだ。それはまだ早い。その前に、やる事が山積みなのだから。
 ね、母さん。

 手にした手鏡は、私を勇気付けるように、力強く輝いてくれた。




あとがき
やっべぇ、ギン姉めっちゃかわいいんですけど。
なにはともあれ、貴重な時間を割いて頂いてありがとうございました。
楽しんでいただけたら嬉しいし、暇つぶしにでもなれていれば幸いです。ではまた。
あ、感想とか貰えると凄く嬉しいです。てへっ♪


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