Second Run


「いつもありがとうね」
「いえ、そんな……こちらこそ」

 エプロンを身につけた女性に、特製シュークリームを包装した袋を手渡す。30代くらいであろう、毎週足を運んで下さるお得意様だ。
 お釣りを落とさないよう手渡すと、女性は穏やかに微笑んで頭を下げた。輝くような笑顔。それを見て、慌てて頭を下げる。
 こちらの対応を見てくすくす笑みを零すと、女性はもう一礼して扉へ歩み、静かに開く。開け放たれた扉の隙間から、光が差し込んでくる。

「ありがとうございましたー! またお越しくださーい!」
「はい。ヴィヴィオちゃん、元気でね」
「うんっ」

 店の扉に取り付けられたベルが軽やかに音を奏で、それを耳にしたヴィヴィオが厨房からひょっこりと顔を出し、元気に手を振る。
 ヴィヴィオに振り向いた女性は表情を一層穏やかにし、控え目に手を振って店を後にした。

「ヴィヴィオ、チーズケーキができたから店に並べておいて」
「は〜い」

 厨房の奥から、昔と変わらない優しい声色が響き、ヴィヴィオはぱたぱたと走っていく。
 そんな光景を見るといつも、なのは・T・スクライアは思わず頬を緩めてしまう。

 ここはミッドチルダのとある地。首都クラナガンからかなり離れた場所に位置している、辺境の村。
 ここでなのはとヴィヴィオ、ユーノとで、『喫茶翠屋』を経営している。小ぢんまりとした店だが、中々評判だ。

 今日は日曜日。いつもはもう少しくらい客が来るのだが、この日は特に客足がのびる事もなく、のんびりと店を開いている。
 店内には簡単に休憩をとれるスペースがあり、喫茶店のようにお客様にくつろいでもらえる場も、僅かながら用意してある。
 ただ、今日に限ってはその為の椅子も机も、窓から差し込む暖かな光を受けて羽を伸ばしていた。
 学校が休みのヴィヴィオは、嫌な顔一つせず店の手伝いをしてくれている。友達と遊んでも一向に構わないのだが、本人は手伝っている方がいいそうだ。

「今日はお客さん、あんまり来ないね」

 そんなことを考えていると、自身の体には不釣り合いな大きさのお盆を持ったヴィヴィオが、少々おぼつかない足取りで姿を現した。
 その可愛らしい姿にまた笑みを零しながら、そうだね、と答えて手伝おうと手を伸ばす。
 するとヴィヴィオは、一人でやるの、と僅かに頬を膨らませて店頭に並べていく。過保護すぎるのだろうか、となのはは首を傾げた。
 慎重に慎重にお盆からケーキを並べるヴィヴィオにもどかしさと危なっかしさを感じつつも、頑張る娘に心の中でエールを送る。

「たまにはこんな日曜日も良いもんだね」
「今日は少し寒いから、みんな家から出たくないのかも」

 厨房から、手をタオルで拭きながらユーノが出てきて、なのはの隣に立つ。それだけでなのはは安心感で胸が一杯になる。
 出会ってから14年がたっても、ユーノの声は変わらなかった。本人は声変わりしない事に多少の不満はあるらしいが、なのはには声変わりをしたユーノなど想像もつかない。
 それは誰もが口にすることで、それを聞く度にユーノは複雑な笑みを浮かべる。唯一クロノに言われた時だけは、皮肉を言い合っているが。
 ケーキを並べ終えたヴィヴィオが満足気に見つめ、嬉しそうに頷くと、とてとてとお盆を抱えて厨房へ戻しに行った。

「……平和だね」
「うん……」

 ユーノが囁くように言い、なのはは静かに頷く。

 ほんの二年前まで、なのはは時空管理局の教導官として、ユーノは無限書庫司書長として、多忙な毎日を送っていた。
 そんな日常が終わりを告げたのは、世界にとっては些細なことで、彼らの周囲にとってはとても大きな出来事の為だった。
 なのははJS事件の後、シャマルから数年間の療養を取るように薦められていたにもかかわらず、教導官としての仕事を続けていた。
 そうしているうちに無理が祟り、教導中にいきなり魔力が途切れ、部下の放った砲撃魔法が命中。リンカーコアに多大な被害を受け、再起は不可能と診断された。
 それほどまでに大きなダメージとなったのは、12年前の古傷が再び開いてしまったことも、一つの要因とされている。
 ユーノも無限書庫の過剰なオーバーワークで長期間脳を酷使し続けたことにより、脳細胞の死滅が急速に速くなるという病を患っていることが発覚。
 検索魔法と速読魔法を彼なりにアレンジし組み合わせた読書魔法は、その効果・効率と裏腹にかなりの負担を脳が抱え込んでいた。
 現在はシャマルが不眠不休で作ってくれた薬のおかげで死滅を遅らせることに成功しているが、寿命が縮むのを抑えることはできないという。
 この病は古参の司書達にも見られ、ユーノはそのことに責任を感じ、翠屋を経営する一方、脳への負担が軽い読書魔法を日夜研究している。

「今度はいつ無限書庫に行くんだっけ」
「……明後日、かな」

 ヴィヴィオが鼻歌まじりに食器を洗う音を聞きかながら、なのはは複雑な気持ちでユーノに尋ねる。
 教導隊はなのはがいなくなっても機能しているが、無限書庫はそうはいかなかった。
 クロノやリンディ、レティ等、無限書庫の人員増強を何度も訴えてくれてはいるが、中々思うようにはいっていない。
 その為、ユーノは週に何度か、未だに無限書庫へ出向いては司書達のサポートを行っているのだった。
 司書の方々が何度もなのはとヴィヴィオ宛てに謝罪の手紙を送ってきてくれてはいるが、背に腹は代えられないのだろう、ユーノはまだ無限書庫に必要だった。

「そんなに暗い顔しないで、なのは」
「でも……」
「大丈夫。無理はしないようにしてるし、司書の皆も気を遣ってくれるから」

 そう言われても、心配なのに変わりはない。優しく微笑むユーノが痛々しい。
 本当は、もう行って欲しくない。行けば行くほど、ユーノの死期は――。
 そんなのは絶対に嫌だった。もう、ユーノのいない人生など考えられない。
 最近、自分は驚くほど寂しがり屋だということに気づいてきた。ユーノと母にはとっくに見抜かれていたが。

「それに、今日は皆を呼んでパーティするんだから、そんな顔してたらダメだよ」
「……うん」

 そう。今日は日本でいうクリスマス。縁のある人達を呼んでパーティをする予定だ。
 ただ、あまりにも来る人が多かったので、自宅の裏にある土地を買い、少し大き目の建物を急遽作った。
 それだけしても二人の貯金が全く減らないのは、正直、少し恐ろしい気もしたが、まあ金は多くあって困るものではない。
 そろそろ、今日は特に用事のない者達が訪れる頃だろう。まだお昼を少し回ったくらいだが、用意が少し大変だから、申し訳ないが手伝ってもらわなければ。
 こんなに穏やかで幸せな日常も、ユーノがいてくれなければ感じることなど出来る筈もない。だから――

「なのは、ずっと傍にいるから」
「絶対……だよ?」
「うん」
「そうじゃないと私……寂しすぎて死んじゃうんだから……」
「わかってる」

 堪えかねて、涙が溢れ出してしまったなのはを、ユーノは優しく抱きしめてくれた。
 それが嬉しくて温かくて、なのはは少しの間、ぼろぼろと涙を零し、ユーノの胸にしがみついていた。


 で、洗い物を終えていたヴィヴィオはというと。

(ま〜た始まっちゃった。こうなったら、私の入る隙間がないのになぁ……)

 厨房からこっそり覗き込む。やれやれ、やっぱり母は私が護ってあげなければ。全く、昔とは正反対だ。
 最近、自分でもはっきりわかるくらい、私はしっかりしてきたと思う。
 もう昔のように甘えん坊の泣き虫ではなくなったのだ。むしろ、そうなったのは母の方だ。
 教導官として誰かの上に立つ立場をなくした為か、母は父に甘えっぱなしだ。父もそんな母に全く注意も遠慮もしない。
 いや、まあそれがこの両親の良いところなのだろうけれど。あの二人が夫婦喧嘩をするところなんて、さっぱり想像できない。

『ねえ、レイジングハート』
『なんでしょう』

 なんだか無性に寂しくなったので、今は父の補助デバイスとなっている紅い宝玉に話しかける。
 ただ、ユーノの補助をすると言っても、長年なのはの専用デバイスとしてプログラムを組み続けていたので、それを一から組み直すには半年の月日を要したが。

『早く弟か妹が欲しい』
『……私に言われても困ります』
『そうだよね。でも、パパもママもらぶらぶ過ぎて困っちゃうの』
『……良くわかりますよ、その気持ちは』

 二人揃って、両親(マスター)に気づかれぬように溜息を吐く。

『そろそろおじいちゃん達が来るころかな』
『そうですね』
『私、店の外に迎えに行くから、パパとママにはそう言っておいて』
『わかりました』

 これまでの経験から言うと、泣き止んだ母は父と一緒に甘ったるい空間に包み込まれていくだろう。
 そうなると中々ほとぼりは冷めないので、今の内に避難しておくことにした。
 早くカレルとリエラに会いたいな〜、と心底思うヴィヴィオだった。


「ん〜……、今日もいい天気」

 店の外に出ると、新鮮で少し肌寒い空気が私を包み込む。快晴の青空がとても綺麗だ。
 私はお日様の光を一身に浴び、ぐーっ、と背伸びをする。心地の良い感覚に、思わず笑みが零れる。
 村の周囲は日本でいう冬という寒い季節にありながらも、緑豊かな山に囲まれている。
 外れにはとても美しい湖があるが、ここの村人達はそこを観光名所にしたりはせず、村の誇りとして大切に守っていた。
 その湖には愛を司る天使様が古来より住んでいるとされており、父と母はそこで永遠の愛を誓ったのだった。
 有名人二人の結婚式としては実に質素で、駆け付けた人も縁のある者だけ。しかもほぼ秘匿扱いのように執り行われた。
 それでも、父と母は本当に幸せそうだった。純白のスーツに身を包んだ父も、華やかなウェディングドレスを身に纏った母も、本物の天子様に見えた。
 まあそんなこともあったりしたが、とにかくここには指して目立つようなものもなく、知名度は非常に低い村なのだ。

 父と母がこうまで辺境の地を選んだのには理由があった。
 父もそれなりにではあったが、母はもう有名になりすぎていた。雑誌にも載るくらいだったのだし。
 管理局のエースオブエースとして誰もが疑わなかった、無敵のエース。最強の砲撃魔導師。
 なのはの稀有な能力は様々な犯罪云々の組織の目に止まった。魔法が使えなくとも、利用価値はいくらでもあったのだ。
 このことを父から聞かされたのは、半年ほど前のことだ。私は全てを理解できずとも、母を護るという意思を父とともに固めた。
 思えばこの頃からかもしれない。私が急に大人びてきたと、自分でも感じるようになってきたのは。
 でも私は、魔法の道を歩もうとはしなかった。矛盾しているようだが、ともかくその道に進もうとは思えなくなったのだ。
 どうして、と聞かれれば、どうしてなのだろうか。はっきりとはわからないが、私は私として見てほしいと思ったのだろう。
 魔法学校に通っている頃は、学年が上がるにつれて、私の扱いは必ずといっていいほど、あの高町教導官の娘だった。
 母のことは誇りに思っているが、どうしても嫌だった。このことを母には言い出し辛く、父と相談し、私は普通の学校に通うことにした。
 母には父が上手く言ってくれた。母は一瞬不安そうな表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔で、いいよ、と頭を撫でてくれた。
 それが嬉しくて嬉しくて、申し訳なくて。だから私は、暇であれば父に魔法を教わっている。時にはフェイトママやはやてさん、クロノさん達にも教わっている。
 そう、母は私と父とで護るのだ。母が命がけで私を助けてくれたように、私も母が危なくなったら、絶対に助けてみせる。幸い、魔法の腕は中々良い方だ。

 そんなことをぐるぐる考えていると、山から下りてくるそよ風が、聞き慣れた声を運んできてくれた。

「こっちに来たのは久しぶりね」
「そうだね〜」
「ファリン、あまりキョロキョロしているとまた転びます」
「ふぇ? あ、は、はい、気をつけます〜、ってきゃあっ!?」
「あらあら。ファリンさん、大丈夫?」
「ご、ごめんなさ〜い……」
「いえいえ。それにしても、なのはもユーノ君もヴィヴィオも元気にしてるのかしら」
「元気に決まってるさ。ああ、早くヴィヴィオに会いたい……」
「……父さん、顔緩みまくってるってば」
「忍、雫はよく眠ってるか」
「うん。もうぐっすり」
「こらっ、リエラ! あんまり離れるんじゃないの!」
「えー、だって早くヴィヴィオに会いたいもん!」
「……無理だよ母さん、リエラにじっとしてろなんて」
「ちょっとカレル、それどういう意味?」
「そのまんまだよ」
「む〜。カレルいじわるだー」
「あーはいはい、そこまでにしな。もうすぐ着くんだからね」

 アリサさん、すずかさん、ノエルさん、ファリンさん、桃子おばあちゃん、士郎おじいちゃん、美由希お姉ちゃん。
 恭也お兄ちゃん、忍お姉ちゃん、雫ちゃん、エイミィさん、リエラ、カレル、アルフさん。私、なんだかすごく嬉しくなってきちゃった。

「みんなー! こっちだよー!」

 だから、精一杯の大声で、目一杯手を振って。うん、とにかく嬉しいかったの。だから早く来てほしい。
 ……あ、でも今お店じゃパパとママが……。どうしよう、と今度はすごく慌てる羽目になっちゃった。
 もう、パパもママも皆がもうすぐ来るってわかってるくせに……。

 万年新婚さんの父と母に頭を悩ませるヴィヴィオだった。




あとがき

あれ? 全然クリスマスっぽくない。ま、まあ、こういうクリスマスSSもあるってことで。
ほんとはもう少しある予定だったんですが、上手くまとまったので。

時代背景は、まあ作中でちょこちょこ語ってますが、StSから四年後です。
なのは達は23歳。ヴィヴィオは9歳か10歳くらいかな? カレルとリエラは7歳。なのに雫はまだ赤ちゃん。不思議。
ちなみになのはのユーノの呼び方は夫婦になっても「ユーノ君」。やっぱこうじゃないと違和感が、ね。
フェイト達旧六課メンバー他はお仕事が終わってからパーティに参加です。

タイトルは某オンラインゲームのBGM名から拝借。こういうなのはとユーノ、そしてヴィヴィオの人生もあるさ、多分、ということで。


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