優しい時間 U


「楽しむのは良いけど、次は気を付けてね」
「はい……」

 母に叱られる子どものように、なのはが俯いたまま申し訳なさそうに頷いた。
 この姿を見ては、エースオブエースと呼ばれる空の勇者の面影はさっぱりない。
 そんななのはを見て、ユーノはなのはより高くなった背を屈めてなのはの顔を覗き込む。
 微笑んで見た、なのはの、少し伏目がちで透き通った瞳に吸い込まれそうになったけれど。

「なのは、もう怒ってないから。 それに……ヴィヴィオも楽しかったって言ってるし、ね?」
「うん! まま、ヴィヴィオはたのしかったよ!」

 ヴィヴィオが言ってもダメ、と言ったところではあったが、やっぱりなのはには弱いユーノ。
 子犬のように潤んだ瞳でなのはに見られては、ユーノに対抗手段など何一つ残されない訳で。

「うん……ごめんね、ありがとう」
「それじゃいこっか。ヴィヴィオも待ち切れないみたいだしね」
「うんうん! まま! はやくはやく!」

 優しく微笑む二人の間で、ヴィヴィオが屈託のない笑顔で二人の手を力一杯引っ張る。
 その様子に顔を見合わせて笑い、なのはとユーノは太陽のように明るい我が子に、

「「 ヴィヴィオ、次は何がいい? 」」

 と、揃って尋ねていた。


 この後は何事もない平和な時間が続くだろうと考えたユーノ。
 しかし、そんな考えは瞬く間に時の彼方へと消え去った。

 それからのなのはとヴィヴィオは、とにかく絶叫マシーンの類を乗り回した。
 立ったまま乗ったり、何度も何度も宙返りしたり、後ろ向きのまま進んだり、遥か上空から一気に急降下したり……。
 その都度なのはとヴィヴィオは歓喜の悲鳴をあげ、ユーノは今にも口から飛び出していきそうな魂を辛うじて飲み込み続けた。
 ちなみに身長制限はどうなんだ、っていう野暮な質問は却下です。

 更に、極めつけは何故か遊園地で行われていた腕相撲大会でなのはが無敵を誇った事。
 並み居る筋肉ムキムキの大男達をまお……もとい、その細腕で次々と薙ぎ倒していった。
 そんな非現実的な現実を野次馬が放っておく筈もなく、説明を求められるのは勿論ユーノで。
 必死である事ない事言い続けて弁解するユーノをよそに、ヴィヴィオに応援されるがままなのはの連勝記録は伸び続けた。
 で、なのはに挑んだ最後の男は禁句を口にして管理局の白い魔王に吹き飛ばされて星となった。


『民間施設での魔法使用及び民間人に対する魔法行使その他諸々……。
 上層部になんて申し開きをするつもりなんだ君達は』
「……クロノ、頼むからリンディさんで止めてくれ」

 結局、この事はルートが回り回ってクロノへと届き、ユーノは悪友に頼み込んでいる。

『……始末書は全てそっちに送る。あと、これは一つ貸しだ』
「ぐっ……わかった」

 クロノに個人的な貸しを作るのはなんとしても避けたかったが、これは流石にどうしようもない。
 明日から無限書庫という戦場で地獄を見る事になったユーノは、モニターの消えた先をただ茫然と眺めていた。


「……なのは、凄過ぎだよ」
「いや〜、なのはちゃんはホンマに大したもんやな〜」
「なのはさん……私はいつかあなたを越えてみせます!」
(……スクライア司書長とは気が合うかもしれない)
「ランスター、今の考えは消しておけ。訓練で死にたくないだろう?」
「……はい」

 またもいつの間にやら横にいたシグナムに心を読まれ、本気で生命の危機を感じ取ったティアナ。

(ああ、兄さん、私はどうしたらいい……?)

 周りのテンションについていけないティアナは、今は亡き兄へと必死に問い掛けていた。


『エリオ、キャロ、もうすぐお昼だよ、ご飯は食べた?』
『今注文したところです、フェイトさん』
『凄くおいしそうな香りがしてます』
『キュクー!』
『そっか。でもこういう所は食中毒があるかもしれないから店員に毒味させるんだよ!?』
『え、あの……それはちょっと……』
『だ、大丈夫ですよきっと』
『そんなのダメだよ! ちゃんと安全かどうか確かめないと!』
『わ、わかりました!』
『して貰いますから落ち着いて下さい!』

 エリオとキャロが店員に毒味させなかったのは言うまでも無い。


「あ、あの、ユーノ君? ご、ごめんね?」
「ぱぱ? だいじょうぶ?」

 燃え尽きたように立ち尽くすユーノへなのはが不安げに問いかけ、ヴィヴィオも首を傾げている。

「ふ、ふふふ……な・の・は……?」
「は、はいっ!」

 その声に気付いたのか、なのはとヴィヴィオの方へと振り向いたユーノは極上の笑みを浮かべてなのはの名を呼んだ。
 異常なまでの声の低さと不気味な笑み、そして全身から放たれるオーラになのはは嫌な汗が流れるのを感じた。
 ヴィヴィオはあまりの恐ろしさに硬直。泣く子も黙らせられている。

「あそこに面白そうなのがあるから入ろうか?」

 相変わらずの極上スマイルでユーノが指差した先。
 そこには、パンフレットを見てなのはが絶対に行きたくないと思っていた場所、お化け屋敷があった。
 あらゆる任務をこなし、時には人外の化け物とも戦い、幾度もの死線を潜り抜けてきたエースオブエース。
 それなのに、何故かお化けや怖い話には極端に弱く、とにかくホラーといったモノへの免疫が全くない。
 所詮は作り物なのだが、あの雰囲気と薄暗い空間がどうしても嫌だった。

「ゆゆゆゆゆーのくんあそこだけはやややややめよよよう?」

 今現在、全力全開で怯えまくっている女性がドラゴンを単騎で倒したというのだから、世の中は本当に不思議な事だらけだ。

「ダーメ。ヴィヴィオも入りたいよね?」

 見た事も無い父の笑顔に、ヴィヴィオはただコクコクと頷くだけ。

「じゃあ行こっか、なのは?」
「〜〜〜っ?!」

 なのはは声にならない悲鳴をあげながら、ユーノに引き摺られていった。


「わ〜、ぱぱ、まま、まっくら〜」
「そうだね〜」
「……ゆ、ゆーのく〜ん」
「ん〜?」

 薄暗闇の中で、ユーノの右腕にがっしりしがみついているなのは。
 ユーノとヴィヴィオは特に何ともないらしく、寧ろ楽しそうに進んで行く。

 セットはありがちの廃墟と化した病院。ほぼ零の視界を照らすのは赤い小さな照明のみ。
 所々が壊れ、ヒビが入って病室のカーテンが不気味に揺らめいている。
 冷房を少し強めに設定してあるのか室内温度が低く、肌寒さが一層恐怖心を煽る。

 長めの廊下を三人が歩いていると、遠くに白い服を着た人影を見つけた。
 なのはが全身を硬直させて固まり、ユーノとヴィヴィオは面白いものを見つけたように近づいていく。
 動かないなのはの腕を掴んでユーノがずるずると引き摺って行った。

 近づくにつれ、人影が鮮明に見えてきた。
 衣服はボロボロ、髪は非常に長くだらんと垂れ下がり、顔を覆い隠している。
 腕をぶら下げ、覚束無い足取りでゆっくりゆっくりと近づいている。

「ぱぱ、あのひとしんどいの?」
「ん〜、どうだろうね」
「……うぅぅ〜……」

 ヴィヴィオが無邪気に問いかけ、ユーノは微笑みながら余裕で返事をする。
 そんな二人の影に隠れているなのははとにかく前を見ないよう眼をギュッと瞑っている。

「……?」

 必死で襲い来る恐怖に耐えていると、急に肩を叩かれてなのはは眼を見開いた。
 もしかしたらユーノが見兼ねて「戻ろう」と言ってくれるのでは。
 そんな淡い期待を胸に顔を上げると、ユーノは前を向いたままで。
 あれ? と後ろを振り返ると。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜……」
「い……いやあああああぁぁぁあぁあっぁあぁぁああっ!?」

 目の前に血まみれでしかも頭にメスやらなんやらが刺さっている男が視界に飛び込んできて、大絶叫。
 無意識にクロスファイヤーシュートをぶっ放してお化けを吹っ飛ばした。

「なのはの悲鳴は新鮮だね〜」
「まま、おこえおおきいよ?」

 それを見ても笑顔なユーノはそろそろ精神が病んでいるかもしれない。
 で、仕事仲間が問答無用で吹っ飛ばされたのを見た前方のお化けはそそくさと逃げていった。


 先程よりも更にしっかりとユーノの右腕に抱き付いているなのは。
 もうガクガクブルブル震えまくっている。

「ん、今度はここを抜けるみたいだね」
「ぱぱ、ここなに?」
「ここはね、手術室だよ」
「しゅじゅ……?」
「……ぁぅぅ……」

 もう殆ど引き摺られているなのはが手術室へと入っていく……と。

「がい゛ぞう゛じでや゛る゛〜〜〜」
「やああぁっぁあぁああぁっ!? こないでええぇぇぇぇえええぇぇぇえっ!!」

 今度はフランケンシ○タインみたいな大男がチェーンソーと斧を片手に突如現れ、
 またも大絶叫のなのはが今度はアクセルシューター乱舞でボコボコにした。

(いや〜。アルバイトの人だったら悪いな〜)

 このユーノ、相当に黒い。ネジが数本外れている。

「はぁ……はぁ……?」

 なのはが何とか危機を脱したと思った瞬間、今度は天井から糸に繋がれた生首がやたらと沢山落ちて来た。

「ひぃやああぁぁぁぁぁああぁぁああっ?!」

 面白いくらい見事な反応を示すなのは。
 落ちて来たそれら全てにアクセルシューターをぶち当てていく。何とも的確でコントロール抜群である。
 ちなみにヴィヴィオはユーノが特殊な結界を張っている為、こういうグロテスクな演出は一切見えていない。


「あ、これで最後みたい」
「まま、だいじょうぶ?」
「……もうやだ……」

 既にボロ泣きのなのは。腕どころか完全にユーノに抱き付いている。
 すると、従業員らしき人がすっと現れた。

「どうでしたか? 怖かったでしょう?」
「いえ、楽しかったですよ」
「ヴィヴィオも!」
「は、早く出ようよぉ〜……」
「ははは。……そう簡単にはいきませんよ」
「……?」

 急に声を低くした従業員を三人(特になのは)が凝視した。
 ユーノは何となく分かっているのか笑っており、ヴィヴィオは首を傾げ、なのはは泣き顔で従業員を見る。
 と、その瞬間、従業員がいきなり臓器剥き出しになり、突如床から手が伸びてなのはの足首を掴んだ。

「にゃあああぁぁぁぁあぁあぁぁぁあああぁあっっ?!」
「ぐはっ?! なのはやめっ……苦しっ……死……」

 ユーノに抱きつく形となっていたなのはが思いっ切りユーノを締め上げる。
 妙にふくよかで気持ちの良い感触と締め上げられる苦しさに頭がカオスになったユーノの意識はそこで途切れた。


「怖くない怖くない怖くない……」
「なななななんやねんこんなもんぜぜぜぜんぜんこわないででで?」
「ティ、ティア〜……こ、怖いよぉ……」
「……」

 意気揚々と入って行ったあんたらがなんで私の背中に三人揃って隠れてるんだ。

「も、もう。はははやてちゃんはこういうのにがてなくくせにははははいるんだだかららら」

 あんたもだよシャマル先生。ていうかヴォルケンリッターていうのは皆気配を消せるのか。
 そろそろティアナも精神に異常をきたしてきたらしい、合掌。


『いやああああ!? エリオ! キャロ! 間違った道に進まないでえええええ!?』
『フェ、フェイトさん!?』
『ど、どうしたんですか?!』
『あ〜、ちびっ子達。 気にしないでデートしときなさい』
(デ、デート……)
『で、でも……』
『あぁぁああぁぁああ?! エリオー! キャ』

 ゴンッ←何故か念話なのに聞こえる鈍い音

『『『 !? 』』』
『んじゃ、後でね。 エリオ、ちゃんとエスコートしてあげなさいよ』
『は、はい……』
『ティアナさん……?』
『キュクー……』

 大丈夫、当身くらいじゃ死なないわこのバ……この人達は byティアナ




あとがきらしきもの

ご、ごめんなさい! 時間オーバーしちゃって中途半端にっ……!
次回で挽回したいと思うので、その時に!
次はちゃんとユーノ君が主人公になれるように……!


T  V

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