優しい時間V


「ん……」
「ユーノ君!」
「なのは……?」

 ユーノが目を開けると、なのはが心配そうな表情で覗き込んできた。
 何時の間に眠ってしまったのだろうと、まだはっきりしない頭を働かせる。

「ユーノ君、その……ごめんなさい!」
「? え〜っと……」

 なんでなのはが謝るのか尋ねようとしたところで、機能を回復した脳が思い出させてくれた。
 お化け屋敷に入って、かなり酷い事をやらかして、最後はなのはに思いっ切り絞められて……。

(……それで気を失ってたのか)

 結論付けたのは良いが、あの時の自分は悪かったので自業自得だ。
 最近徹夜漬けが続いてネジが緩んでいたのが原因か。

「ほんとにごめんなさい……」
「いいよなのは。僕も悪かったんだし」
「でも……ん?!」

 このままだとなのはが延々と謝るのはわかっていたので、ユーノは左手でなのはの顔を引き寄せて唇を自分のそれで塞いだ。
 甘い果実を少しの間堪能した後、ゆっくりとなのはの唇から離れる。
 10年前の時を考えてみれば、自分も随分と大胆になったものだ。

「な……にゃ……」
「僕が怒ってないの、わかった?」

 耳まで真っ赤ななのはに微笑むと、なのはは僅かに頷いた
 なのはを怒らせてしまったりした時は、こうすれば大抵治まってくれる。
 もう数年間なのはの恋人なのだから、これくらいの操心術はお手の物だ。

 ところで、今更だが自分は今どんな状況下にいるんだろう、とユーノは考える。
 寝転がっているのだろう自分の視線の先にはなのはの顔があって、後頭部には温かくて柔らかい感触がある。
 右腕にはこれまた温かくて柔らかい何かが巻きついているらしい。
 顔を右へ向けると、そこには眠っているヴィヴィオがユーノの右腕に抱きついて眠っていた。

「ヴィヴィオ、寝ちゃったんだ」
「う、うん……」

 そんな事を何とはなしに言って、少し視線を下にずらしたら、そこには白くて綺麗な脚が……脚?

「……えっと」
「ユーノ君、気持ち良い? 私の膝枕……」
「え、あ、うん……さ、最高です……」

 キスまでしておいて慌てるのはどうかと思うけど。
 膝枕だってして貰うのは初めてではないが、やっぱり気恥ずかしい。
 なのはの恥ずかしそうな笑顔を見たら尚更だ。


「二人とも、周りの人に見られてるよ……」
「かーっ! なんっちゅう甘ったるいバカップルやほんまにっ!」
「スクライア司書長……今度会ったら……ブツブツ」
(こいつら……お化け屋敷を出た瞬間に復活しやがった)

 とにかく三人とシャマルがうるさかったので気絶させていたのだが、シャマル以外は見事に復活していた。
 ちなみにシャマルはザフィーラが引き取ってくれた。ザフィーラは相変わらず神出鬼没なので驚かされる。
 かなりヤンデレ化が進行しているティアナだが、まだ律儀に付き添っているのは元来の生真面目さが災いしているのだろう。


『エリオ、キャロ……あ、すぐそこにいるんだね』
『え?』
『フェイトさん、どこにいるんですか?』
『あ、えっと、その……』
『? あれって、なのはさんと……』
『スクライア司書長?』


「なのは。僕、どれくらい気を失ってたのかな?」

 寝ているヴィヴィオの頭を撫でながら、ユーノはなのはに尋ねた。

「えっと、一時間くらいかな。ヴィヴィオは泣き疲れて寝ちゃったから……」
「そう、可哀想な事しちゃったね……」
「うん……。私達、親失格かな?」
「……大人気なかったね」

 といっても、二人はまだ二十歳にすらなっていないのだが。

「よっと……」

 体を起こし、ユーノがヴィヴィオを抱きかかえる。
 少し涙の後が残っていたのを見て心中で謝って、おんぶをしてあげる。
 なのはと顔を見合わせて苦笑し、歩き始めようとした時、

「なのはさん?」

 後ろから名を呼ばれたなのはが振り向くと、そこには赤い髪の男の子とピンクの髪の女の子がいた。
 確か、フェイトが養子にしていた……エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、だったか。

「エリオ? キャロも」
「はい」
「フリードも一緒なんだね」
「キュクー!」

 なのはが不思議そうに二人の名を呼び、キャロが笑顔で答える。
 キャロの頭上を飛び回っている子どもの竜、フリードも元気な鳴き声をあげた。
 知ってはいるが顔を見た事があって挨拶をしたくらいで、話をした事はない。

「えっと……スクライア司書長、キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」
「あっ、エリオ・モンディアル三等陸士です!」

 と、キャロが緊張した様子で、エリオは慌てて敬礼したのを見て、ユーノは思わず笑ってしまった。

「二人とも、今はプライベートだし、そうじゃなくてもそんなにかしこまらなくていいんだよ」
「え、でも……」
「まあ、司書長っていう肩書きはあるけど、軍階級に置き換えた時の明確な基準はないからね。気にしなくて良いよ」
「そうだよ。今は私も、ただのお姉さんだからね」
「……はい!」
「わかりました!」

 僕となのはが笑って促してあげると、二人は満面の笑みで了承してくれた。
 それを見てなのはと笑い合いながら、エリオとキャロ、フリードと一緒に遊園地を歩きながら話をした。
 六課の事、フェイトやはやて、六課の人達の話、エリオとキャロの事。
 何より、隊長としてのなのはの話を聞けたのは嬉しかった。なのはは顔を真っ赤にして慌てていたが。


「ヴィヴィオ、良く眠ってますね」
「そうだね。ちょっと可哀想な事しちゃったんだけど」

 エリオに言われ、少し苦笑しつつも答える。

「でもヴィヴィオ、凄く幸せそうです」
「そうかな?」
「はい。やっぱり、お父さんと一緒だと安心するんですよ」
「……そうだといいね」

 キャロの言葉に、ユーノは複雑な気分になった。
 親を知らない自分が今はヴィヴィオの義父という事になっているが、このままやっていけるのか不安が無い訳ではない。
 そういえば、エリオもキャロも過去に辛い経験をしたのだとなのはやフェイトから聞いた事がある。
 ふと視線に気付くと、エリオとキャロがどこか羨ましそうな眼でユーノとヴィヴィオを交互に見ていた。

「どうしたの?」
「「 あ、す、すいません! 」」
「いや、いいんだけどね」
「二人とも、遠慮するのは良くないよ」

 二人を見て尋ねると、見事に息の合った返事が返ってきた。
 また笑みを零しながら言い、なのはが優しく促してやる。

「えっと……ヴィヴィオが少し羨ましくて……」
「……はい」
「……そっか」
「エリオ……キャロ……」
「キュー……」

 二人の気持ちが、ユーノには良く分かった。
 親がいないというのは、子どもにとってはとてつもない重みだ。
 身をもって知ったユーノだからわかる。 勿論、全てではないと思うが。
 それでも、高町家を訪れれば羨ましいと思う時はあるし、フェイトがハラオウン家の養子になったと聞いた時。
 似た境遇となっていたフェイトだったので、自分の事のように嬉しかったが、その後は酷い孤独感に襲われた。
 そのフェイトの事だから、エリオとキャロは大事に大事に育てているのだろう。
 が、それでも父親という存在は、やはり大きいと言わざるを得ない。

「……なのは、ヴィヴィオをお願い」
「え? うん」

 おんぶしていたヴィヴィオをなのはに抱いて貰い、ぽけっとしているエリオとキャロに手を差し出す。

「手、繋ごっか」
「え?」
「あの……」

 戸惑う二人を見て、しゃがみ込んで二人と目線を合わせて優しく微笑む。

「代わりにはなれないけど、二人がいいなら、今はお父さんだと思ってくれて良いんだよ」

 少しの間ためらっていたエリオとキャロだったが、おずおずとユーノの手を握ってくれた。

「まだ時間はあるから、一緒に遊ぼうか、エリオ、キャロ」
「「 ……はい! 」」

 精一杯優しさを込めた言葉でエリオとキャロに声をかける。
 二人の手が添えられていただけだったのが、強く握り返してきたので、また微笑むユーノ。

『ユーノ君、ほんとに優し過ぎるよ』
『そう?』

 念話を繋げて来たなのはを見ると、包み込むようにヴィヴィオを抱きかかえながら、どこか不機嫌そうにこちらを見ていた。

『……あんまり私以外の人に優しくしてると、妬いちゃうよ?』
『ごめんなのは、ちゃんと埋め合わせはするからさ』
『全力全開で……甘えちゃうからね?』
『……全力全開で甘えさせてあげるよ』

 今夜はハードになりそうだ。……まあ、男としては嬉しい事だが。

「ユーノさんの手、温かいです」
「それは良かった」
「……ヴィヴィオが羨ましいなぁ」
「……そっ、か……」

 そう言って貰えるのは嬉しいが、こればっかりはどうにもならない。 と、

「「 ユーーーーーーノーーーーーー(くーーーーーん)!! 」」
「? ってうおあああっぁぁぁああっ?!」

 フェイトとはやてが凄まじい勢いでユーノに抱き付いて来て、ユーノは吹っ飛んだ。
 ちなみに、ユーノが咄嗟にエリオとキャロの手を離したので二次災害は免れた。

「フェ、フェイトちゃん!? はやてちゃんまで?!」
「ユーノ! 結婚しよう!!」
「何言うてんねん! ユーノ君はリインのお父さんみたいなもんやから私とや!!」
「……は?」

 急に飛び込んできたと思ったら、とんでもない爆弾を投下してくれた。

「フェイトちゃん、はやてちゃん、何ふざけた事言ってるのかな?」
「エリオとキャロがあんな笑顔を見せるなんて思わなかったよ。
 やっぱり父親は必要なんだ。 だからユーノは私が貰う」
「うちの子等が納得するんわもうユーノ君くらいや。
 それに、リインもユーノ君がお父さんやて絶対に疑わへん」
「ふ、ふふふ……二人とも、チョットアタマヒヤソウカ?」
「なのはには悪いけど、モウトマラナイカラ」
「添え膳食わぬは女の恥言うやろ、コレバッカリハユズレヘン」

 管理局随一のエース三人がバリアジャケットを身に纏う。なんかもう、物凄いオーラが全身から溢れまくっている。
 ユーノははやてに、それは違う、とどこか現実逃避したい自分が突っ込みを入れていたが、とりあえず封時結界を展開しておいた。

 無言のなのはからヴィヴィオを受け取り、なんかもう、諦めた。
 すやすや幸せそうに眠る我が子。
 悪くないね、とぶっ飛んだ発言をしてくれたエリオとキャロ。
 何時の間にいたのか、はやてちゃん頑張って下さいです! 本気で応援しているリイン。

 なんでこうなるんだ。どうしてこんな場転が起こるんだ。さっきまでかなり良い雰囲気だったじゃないか。


 ユーノ・スクライア。彼はとことんまで、行き着く果てまで、運が無かった。




あとがきらしきもの

何このカオスED_○__
とにかくコンさん、ほんとにすいませんでした_○__
ちなみに、エピローグ的に言えばユーノはこの後ひたすら女難です(殴


U

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