大切な人


 ホテル・アグスタ
 ミッドチルダ首都、クラナガンの南東に位置する一流ホテル。
 周囲を溢れんばかりの自然に囲まれており、美しい外・内装と優れたサービス性から、上流階級の人々を中心に高い人気を誇っている。

 そして今回、危険性が限りなく0に近いと、管理局及び聖王教会から許可の下りたロストロギアを含む、骨董美術品オークションの会場となっていた。

 ロストロギア
 その希少性から、コレクターには喉から手が出る程欲しがる人もそう少なくはない。
 まぁ、そんな人は金と時間を持て余している一部の人々に限られるのだが。

「……どうも、ね」

 オークション当日、控室でソファーに腰掛けて待つ一人の……男性が呟いた。
 ぱっと見では、女性と見間違われても仕方がないとさえ思える程の、中性的な顔立ち。
 長いハニーブロンド色の髪を、微量の魔力が込められた、彼の魔力光と同じ色のリボンで結んでいる。
 いつも愛用しいている眼鏡は、今はかけていない。

 ユーノ・スクライア

 無限書庫司書長・考古学者・結界魔導師と、若干19歳にして三足草鞋の青年。
 今回のオークションに際して、品物鑑定を任されていた。
 ……が、正直あまり気が向かない。

 ロストロギアに関して、彼に良い思い出はない。
 責任者として、必死になって探し回ったジュエルシード。
 多くの悲劇を生み続け、今は現役を引退した"アースラ"の魔導砲、アルカンシェルによって消滅した闇の書。
 どちらも正確な説明とは、お世辞にも言えはしないが、そのどちらもが、彼にとって最も大切な人の体を蝕んだ。

「……ふぅ」

 誰もいない控室で、一つ大きな溜息を吐く。
 控室と言っても、その内装は十分に凝っている。
 これで控室とはなんとも贅沢な話だ。

 既にオークションの開始時刻を過ぎているが、外で何かあったらしく、現在ここで待機中。
 一人何をするでもなく呆然としていれば、様々な思考が脳を駆け巡る。
 先のロストロギアもそうだが、やはり頭を過るのは、彼女の事。
 だが、別に恋愛の対象として見ている訳では無い。
 自分が巻き込んでしまったが為に、八年前の事故で、地獄のようなリハビリ生活を半年間も送る羽目となった彼女。
 思えば恋愛などといった感情は、八年前のあの日を境に、自分の中から消え失せたのかもしれない。

 八年前のあの日

 それまで決して弱音を吐かなかった少女は、あの日初めてユーノに不安と恐怖を打ち明けて泣きじゃくった。

 その瞬間、ユーノは泣き続ける彼女を抱き締める事しかできない自分を呪った。
 まだ9歳で、何の変哲もない普通の少女に、自身の勝手で、魔法というあまりに危険な世界に巻き込んだ事を後悔した。
 そして、彼女の事が好きだった自分を自分で握り潰した。
 そんな資格はないのだと、妙に冷え切った感情と思考で理解した。

 だから、許される筈はないけど、ユーノはただ彼女を抱き締めながら、


 ――ごめん


 謝ったところで何か変わる訳ではなかったが、謝らずにはいられなかった。
 心のどこかで、許して欲しいと願っていたのかもしれない。
 9歳の少女の運命を狂わせてしまった、ユーノ・スクライアという人間を。

 大部分は、自分を突き放して欲しかった。
 そうしてくれていたら、どれだけ楽だっただろうか。
 もう何の関係もない、赤の他人となっていたら。

 でも、彼女は突き放すどころか、ユーノの背に回した腕に精一杯の力を込めて、


 ――ユーノくんが……あやまる……こと……なんて……ないよぉ……


 ずっと、泣いて、泣いて、泣き疲れて眠ってしまった彼女をベットに寝かせ、病室を出たユーノは、声を押し殺して泣いた。
 扉のすぐ向こうにいる、まだ愛しくて堪らない彼女を想って、扉に背を預けて泣き崩れた。

 それからの事は、よく覚えてなくて……気づけば自分の部屋の天井をただ茫然と見つめていた。


 翌日、無意識のうちに彼女の病室の前まで足を運んでいて、決心して病室に入ると、彼女は健気に笑って迎えてくれた。
 あの時の笑顔は、今でも脳裏に焼きついてはなれない。

 そして、決めた。
 彼女が好きという気持ちを、今度こそ握り潰して。

 ずっと、彼女の大切な"友人"でいよう。
 ただ支え続けて、彼女が運命の人と出逢って、幸せになれるように応援しよう、と。

 それが自分にできる、唯一の罪滅ぼし。
 自惚れだと、自分勝手だと、何と言われようが構わない。
 ただ彼女が幸せになってくれれば、それで良い。
 それ以上の事なんて……きっとない。


「スクライア先生、お待たせしました。本日はよろしくお願いします」
「……わかりました」

 ホテルの従業員が控室の扉を開き、丁寧に話してくる。
 深い海に沈んでいた思考を現実に引き戻し、立ち上がる。

 そして、大ホールの舞台裏で、自身の紹介を複雑な心境で聞いてから、舞台に立つ。
 拍手を送って来る、ロストロギアを見当てに集まった上流階級の人間達。


 正直言って、気に入らない。


 ここにいる人間は、ロストロギアの恐ろしさを何も分かっていない。


 ――趣味でロストロギアを集める? ふざけるなよ


 爆発しそうな感情を無理矢理押し込み、引き攣った笑顔で、挨拶をした。




 To be continued...?




あとがきらしきもの

あっれー? なんでこんな鬱な話になっとんねん?
どうも優斗です、おかしいなぁ……、ちなみに僕はバリバリの関西人なんで(ぁ
いや、最初はなんかもうなのユー話を書きたくて書きたくておかしくなりそうだったから書き始めたんですが……。
この話、元ネタはご覧の通りStS第8話「ホテル・アグスタ」です。
内容的には、第8話と第9話の補完目指しつつ、なのユーの甘甘なやつ書こうとしてたんです。
……どこをどう間違えたのやら、しかも短い。
ちなみに、この話は現在連載中の『深淵の種』とは全く関係ありません。
一応、1話で終わらせるつもりだったんですが……、ちょっと3話構成くらいになりそうです(汗
あー、でも最優先は『深淵の種U』の更新なので、かなり不定期になりそうですけどね。
不定期=急に書きあげたりする可能性も十分にあります(ぉ


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