第249管理外世界"ウィルニス" 12月22日 時刻16:45 『ええ。ここまでは、うまくいってるわ』 聴覚がシャマルの声を受け取り、鮮明に響く。 これほど離れた次元にいるというのに、まったくもって湖の騎士は優秀なバックアップだ。 今更なことをふと思いながら、シグナムはひび割れた荒野の上空を翔け抜けていく。 脇には分厚い古びた本。闇の書を抱えて。 「ああ。そっちに戻らなくなった分、管理局もこちらを追い切れていないようだ」 乾燥しきった大気の中で、シグナムは念話を飛ばす。 ここ最近は、ほとんど海鳴りに戻っていない。戻れば足がつく可能性がある。 いくらヴォルケンリッターとして長い時を戦ってきたとはいえ、管理局のような巨大な組織と真っ向から戦うなど不可能だ。 こちらは四人しかいないのだ。それに、カートリッジもそうそう使うわけにはいかない。シャマルが頑張ってくれてはいるが、限界はすぐにおとずれる。 何度かはやての見舞いに戻ってはいるが、個別に戻るだけ。全員が揃うことはない。ヴィータはなるべく戻れるよう、ザフィーラと協力しているが。 「……主はやては。寂しがってはいないか」 それでも、やはり気になるのはまだ幼い少女のこと。 病室で一人、何をするでもなく寝ているだけでは、あまりにも――。 それに、まだ可能性が低いとはいえ、闇の書が暴走する危険もある。きっと苦しんでいるのだろう。 心配だ。本音を言えば、ずっと傍にいてあげたい。だが、現実がそうさせてはくれない。できるはずもない。 もう、一刻の猶予もないのだから。 『……私には、一言も。でも、お友達は良く来てくれてるみたいなの、すずかちゃんたち』 「そうか」 主はやてのご友人。その中に、敵である管理局の魔導師。それが三人もいる。 しかもその三人が皆、年端もいかない子どもで。けれども実力は一級品。まだ十分、幼いというのに。 「……なぜ、運命はこうも残酷なのだろうな」 思わず呟いた言葉が瞬く間に大気の濁流に飲み込まれ、消える。 『シグナム、何か言った?』 「……いや。主はやてを心配させてもいけない。数日中に一度戻る」 『……うん、気をつけて』 「ああ」 念話を切り、魔力の断片を感じて地上に降り立つ。 近くに蒐集対象がいることを確認してから、おもむろに闇の書を開いた。 「残り、あと60ページ――」 ようやくここまで来た。残り分の魔力を集めれば、主はやてを助けられる。あと少し、あと少しだ。 もうすぐ、あの笑顔を取り戻せる。自分たちを道具としてではなく、プログラムとしてでもなく、一つの命として扱ってくれる、あの優しい笑顔を。 砂を含んだ一陣の風が頬にぶつかり、あるべきではないモノを追い出すかのように吹き荒れ、彼女の髪をたなびかせた。 海鳴市藤見町高町家 12月23日 時刻19:12 「はい、どうぞ〜」 「おぉ、美味そうだなぁ」 桃子の勧めに、テーブルを囲んだ一同が並べられた料理の出来栄えに嘆息を漏らした。 色彩豊かな素材の数々をこれでもかと振る舞った一品ばかり。辺りに漂う美味しそうな香りには爛々と目を輝かせた。 「「「「「「 いただきます 」」」」」」 声を合わせ、皆が明るい面持ちで食事を始める。 「フェイトちゃんも君も、たくさん食べてね」 「はい、ありがとうございます」 「これ全部食べていいんですかっ」 「ええ。た〜んと召し上がれ」 桃子が軽く促すと、フェイトは丁寧に答え、は興奮気味に尋ね返す。 その勢いに皆が微笑み、桃子はくすくす笑いながらに実の息子のように答えてあげた。 人様の家でも相変わらず大食いのに溜息をつく存在が二人(二機)ほどいたりもしたが、まあ問題ないだろう。 「はいなのは、取り皿」 「ありがと〜」 「はい、フェイトちゃん、君」 「ありがとう」 「んぐ? はひはふぉ〜」 「君、そんなに詰め込むと喉に詰まるぞ」 「ふぃふぇ、ふぁひほうふふぇふっ!?」 「!? はい、お水」 「あらあら。それにしても、美由希お料理上手くなったじゃない」 「えへへ。あっ」 皆が思い思いに食事をとるなか、美由希は思い出したかのようにテーブルの下を覗き込む。 そこにいたのは口いっぱいに大きな骨付き肉を頬張る子犬アルフ。その微笑ましい光景に美由紀は自然と笑みを零した。 「フェイトちゃんと君は? 今年のクリスマスイブは、やっぱりご家族とご一緒なのかい?」 「はい。えと、一応は……」 士郎の問いかけにフェイトが俯き加減に応え、懲りずにまた料理を詰め込んでいるはこくこくと頷く。 「そう」 「うちは今年も、イブは地獄の忙しさだな」 「私、今夜のうちに、値札とポップ作っておくから」 「お願いね〜。私たちは、今夜しっかり寝とかなきゃ」 「「 ? 」」 なのはたちの会話の意味をくみ取れず、頭上に?マークを浮かべるフェイトと。 「翠屋のクリスマスケーキ。人気商品だから、イブの日はお客さんいっぱいなの」 それを見て、なのはが嬉しそうに身を乗り出して説明する。 「それにね、イブを過ごす恋人同士とか、友達同士のために、深夜まで営業してるんだよ」 「そうなんですか」 「ふぇ〜……」 フェイトとが納得したらしいことを確認した美由希は、いきなりニタ〜、と意地悪い笑みを浮かべて隣の兄を見る。 その視線に恭也が表情を引き攣らせると、美由希がぐっと身を寄せて口を開いた。 「恭ちゃんは良いよねぇ。店の中でずぅっと忍さんと一緒だし〜」 「……それは別に関係ないだろう」 「アリサちゃんちとすずかちゃんちの予約分は、ちゃんとキープしておくからね」 「うんっ」 「リンディさんからも予約頂いてるからなぁ。お楽しみに」 恭也と美由希のやり取りは別に珍しくもないようで、桃子・士郎・なのはは特に気にする様子もなく話を進めた。 最後に士郎がウィンクを交えて促してくれたのを見て、フェイトは少し恥ずかしくて俯きながら礼を述べた。 「桃子さん、おかわりいいですかっ」 「はい。どうぞ〜」 (( はぁ…… )) そんな周りで起こっていることなどお構いなしに、空になったシチューの皿を差し出す。 嬉しそうに答えてくれる桃子に感謝しつつ、とは溜息をつき続けるばかりであった。 『う〜……ちょっと食べすぎたかな〜……』 『だ、大丈夫?』 『お前はもう少し遠慮というものを覚えろ』 『ほんとよ。まったく……』 『の食い意地は相変わらずだねぇ』 『だってほんとに美味しかったんだよ? しょうがないじゃないか』 『だから、俺には味のことはわからんから家ではともかく他人の家でがっつくな』 『で、でも――』 『でももくそもない。いいな?』 『そん――』 『わかったな?』 『……はい』 念話で念を押されたがどんどん縮こまっていく。珍しく語気の強いにフェイトは苦笑を浮かべた。 前にはアルフの紐を持った美由希が歩いている。食事を終え、その後デザートを食べながら話していると辺りはすっかり真っ暗になっていたためだ。 フェイトもアルフもも、常人に比べれば遥かに強いが、そんなことはもちろん知らない士郎や桃子が心配するのは当然。 なので、動物好きの美由希が帰り道に付き添いを買って出てくれたのである。聞けば美由希も恭也に劣らず相当の実力者らしい。 と、メールの受信を知らせる着信音が鳴り、フェイトはポケットから取り出してそれを開く。 液晶のディスプレイには"メール一件 月村すずか"と表示されていた。 『、すずかが明日のこと、大丈夫? って』 『んぇ? ああ、そりゃもちろん、大丈夫に決まってるよ』 明日はクリスマス・イブ。学校は終業式を迎え、冬休みが始まる。 せっかくの祝日ということで、入院中のはやてにプレゼントを渡しに行こうと、皆で企画しているのだ。 そのことで、すずかが確認がてらにメールを送ってきてくれた。もちろん、誰も忘れてなどいないが、念の為だろう。 ただ、確かに気にかかることはある。一つだけ。 "でも、内緒で行って大丈夫かな?" なのはからのメールの内容どおり、病室に訪れることを伝えていないからである。 サプライズプレゼントにしたほうが喜んでもらえるだろうという、アリサの発案だった。 皆はその考えに賛同し、プレゼントも既に用意しているが、相手の事情もある。 "ま、もし都合が悪かったら、石田先生に渡してもらえばいいし" 次はアリサから。確かに、とフェイトとは頷く。相変わらずリーダーシップのある子だ。 その後はアリサの言うとおりにしよう、ということで決着がつき、おやすみと最後に送ってメール終了。 「それじゃあ、私は帰るね」 「はい。すいませんでした、わざわざ」 マンションの前まで付き添ってくれた美由希にが礼を述べ、フェイトは頭を下げる。 「子どもはそんなこと気にしなくていーの。じゃあね。夜更かししちゃだめだぞ」 「あはは。わかりました」 「さようなら」 そういうと、美由希は軽快に走り去って行った。 その姿が見えなくなるまで手を振り、はふと空を見上げる。真っ白な吐息が冬の夜空へと吸い込まれていく。 「?」 美由希を見届けたので、マンションへ入ろうとしたフェイトだったが、立ち止まったままのに首を傾げる。 「ああ、うん。闇の書のこと、ちょっと考えちゃって」 「……そっか」 エイミィから送られてきた、闇の書のレポート。ユーノが纏めたそれには、闇の書の過去についても、詳しく記述してあった。 その本来の機能を悪意ある改変によって失い、代わりに破壊と殺戮の力を否応なしに得、消滅と再生を繰り返してきた魔導書。 まだ対処法は見い出せていないが、決着をつけなければならないにも関わらず、の心境は複雑だった。 「闇の書、――夜天の魔導書が悪いわけじゃ、ないのに」 「……そう、だね」 が表情を厳しくしながら言うのを聞き、フェイトも星に埋め尽くされた空を見上げる。 夜天の魔導書。その名の通り、かつては、今自分達を優しく包み込むこの星空のように、美しい本だったのだろうか。 結局、なにか良い方法が思い当たることもなく、答えが見つかるわけでもなく、後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にした。 海鳴大学病院 12月24日 時刻16:25 「はやてちゃん、喜んでくれるかな」 「大丈夫だよ、すずかちゃん」 「そうそう。喜んでくれるに決まってるわ」 まだ少し不安そうなすずかに、なのはとアリサが笑顔で励ます。 こういったところは、やっぱり付き合いの長い三人がそれぞれの変化に一番早く気づいては助けている。 だからどうというわけでもないが、隣で笑い合う仲良し三人組は特別な関係なんだろうな、と思う。 そんなことを考えながら、はちら、とフェイトを見る。特に何かあったわけではないが。 見るとフェイトは笑っているのか渋っているのか、とにかくよくわからない表情をしていた。微妙に変化し続けるその面持ちは、なんというかこう、変だ。 「……フェイト?」 「はえっ!?」 ……はえ? 「その……大丈夫?」 「え、うあ、だ、大丈夫だよ? 別にどこもおかしくないし、うん」 「そ、そう。ならいいんだけど」 「フェイトちゃん、どうかしたの?」 「な、なんでもないから。気にしないで」 フェイトが妙な声を上げるのを聞いて、やけに顔の赤いフェイトにとなのはが不思議そうに問いかける。 慌てて答えたフェイトだったが、妙にニヤニヤしているアリサとすずかを見て俯いてしまった。そんなフェイトに、となのはは目を見合わせて首を傾げる。 『んふふ〜。フェイトちゃんたら、はやてちゃんに妬いちゃってるのね〜。もう、若いんだから。ジェラシーね、ジェラシー!』 『……はぁ』 そんな光景を嬉々として眺めぴかぴか輝きを放つ。そんな相方には溜息をついて鈍い光を洩らすのだった。 そうこうしていると、はやての病室の前に着いた。個室の名前を確認するすずか。"八神はやて"とプレートに書かれてある。大丈夫。 すずかが扉を優しく二度ノックした後、部屋の中にいるであろうはやてにこんにちは〜、と声をかける。 「は〜い、どうぞ〜!」 扉の向こうからはやての声が聞こえてきた。元気そうな声だ。皆が安心したように顔を見合せ、プレゼントをコートで隠しているのを再確認して部屋にお邪魔していく。 「「「「 こんにちは〜 」」」」 なんてことはない。普通に友達としてはやてにプレゼントを渡して、一緒に笑って、いっぱい話をして、そしてさよならをするはずだった。それだけだった。 「あ、今日は皆さんお揃いですか?」 「こんにちは、はじめまして」 そう、それだけのはずだった。すずかとアリサが当然の挨拶を交わすのも、常識的な行動だ。別におかしくもなんともない。 なのに―― 『な、なんで……』 『ヴォルケン……リッター、よね。私たちと戦った……』 『……どういうことだ』 なのは・フェイト・ははやての傍に付き添う三人の人物を、信じられないものを見るかのように凝視する。 なのはとフェイトはあまりに突然の事態に口を開いたまま。驚愕するは思わず心中で呟く。 幾分か冷静さを保っていたとの声が、の脳内で響き渡った。 と、途端にとの声が聞こえなくなってしまった。こんなに近くにいるのに。 「あ、すみません、お邪魔でした?」 初対面のはずだろうに、やけになのは達を見つめる、というより、睨んでいる? そんな穏やかでないシグナムの様子を察してか、はやてが不思議そうに両者を見遣る。 アリサが重い空気を感じ取ったのかそうでないのか、とりあえず外見から保護者と見て取れるシグナムとシャマルに尋ねる。 「あ、いえ……」 「いらっしゃい、皆さん」 こちらを睨みつけ身構えていたシグナムがはっとしたように表情を戻し、シャマルは困ったように笑みを浮かべた。 「なんだ。良かった〜」 なのは達が硬直し続けるなか、すずかはほっと胸を撫で下ろして安堵の息をもらす。 「ところで、今日は皆どないしたん?」 はやての言葉には我を取り戻し、なのはとフェイトより一歩前に踏み出す。 この場でいきなり襲いかかってくることはないだろうが、自分より動揺しているなのはとフェイトはあまりに無防備だ。 ともとも話すことはできないが、二人とも、少なくとも達よりは冷静に対処法を考えてくれているだろう。 そうなんとか結論付けて自分を納得させ、いつでも動けるように眼前の三人、特にシグナムとヴィータへ細心の注意を払う。 そんな中、なのは達が棒立ちしている理由など知る筈もないアリサとすずかが、本来の目的を果たす為、はやてに微笑みかける。 その仕草に目をぱちくりさせるはやて。 「「 せ〜、のっ 」」 アリサとすずかが掛け声とともにコートを取り払った。 「「 サプライズプレゼント! 」」 隠されていた、可愛らしいリボンで彩られた箱をはやてに差し出す二人。 それを見て、はやては心底嬉しそうに歓喜の声を漏らした。 「今日はイブだから、はやてちゃんにクリスマスプレゼント」 「ほんまか? ありがとうな〜」 「皆で選んできたんだよ」 「後で開けてみてね」 「うんっ」 はやてにプレゼントを渡す為に来たというのに、それすらできずなのは達は戸惑う。 念話が通じないため、三人で目配せするが、さして意味もなく。なのはが視線を戻すと、ヴィータが射抜くような眼光で睨み続けていた。 仕方ないとは思いつつも、なのはは居心地の悪さを感じ、目を逸らして肩をすくめる。 「なのはちゃん、フェイトちゃん。それに君もどないしたん?」 はやてが不思議そうに尋ねてくる。すずかは不安そうになのは達を見つめ、アリサはイライラしているのか凄い形相で睨んでいた。 「あ……ううん、なんでも」 「ちょっとご挨拶を……。ですよね?」 「あはは……」 「……」 なのはがぎこちなく手を振って答え、フェイトがフォローを入れる。は無言で首肯し、シグナム達を見張る。 「……はい」 「あぁ……皆、コートを預かるわ」 シグナムは短く答える間も、なのは達の指一本の動きも見逃すまいと眼を光らせる。 両者の視線を感じ取りながら、シャマルが不器用な笑みを浮かべながら気を利かせ、なのは達からコートを受け取っていく。 「(!)」 「(え?)」 「(あんたなにさっきから怖い顔してんのよっ! なのはもフェイトも様子おかしいし!)」 「(あ、いや、その……えと)」 シャマルにコートを渡した後も警戒するに、アリサが器用に小声で語気を強めて睨みつけてきた。 いきなり囁き声でどやされるというよくわからない状況には目を白黒させて驚く。 すずかがはやてと話して間を持たせてくれているのを確認しながら、アリサは口を休めることなく小さく怒鳴る。 「(お見舞いに来てるのにはやてを不安がらせてちゃ意味ないでしょうが!)」 「(う、うん……ごめん)」 「(かーっ、ったくこんの朴念仁は……。もういいから、さっさとはやてにプレゼント渡してきなさい!)」 「(わ、わかった)」 おろおろするにまくしたてるように言い放ったアリサ。 クローゼットの前で何やら保護者の人と話しているらしいフェイトと立ち尽くすなのはを横目で見つつ、両手を腰に当てて仁王立ち。 その勢いと気迫に押し潰されたは若干の警戒心を残しつつも、下手な笑顔を浮かべながらはやてに話しかける。 「えっと、その……ごめんね、変に気遣わせちゃって」 「え、ええよ〜そんなん。来てくれてありがとうな」 「うん……。あ、これ、僕からのプレゼント」 そう言って、はやてに他の四人に比べ小さめの箱を手渡す。はやては少し赤くなりながらも受け取ってくれた。 「ほんまにありがとう。これ、君が選んでくれたん?」 「ああ、うん。一応ね」 正直、何を選べばいいのかちんぷんかんぷんだったため、アリサやすずかにアドバイスを受けながら、苦心した末にようやく選んだのだった。 箱の中身は、羽の絵柄が彫られたマグカップ。不自由なはやての足が少しでも早く治るようにと願って購入した。 せっかく色々アドバイスしたというのに、あまりにも地味なチョイスをするにアリサは呆れていたが。 「こういうのって、よくわからなくて。気に入ってくれるといいんだけど……」 「君が選んでくれたんやったら、私はなんでも嬉しいよ〜」 「そ、そう? なら良かった」 少し不安そうにするに、はやてが相変わらずのイントネーションと柔らかい笑顔で答えた。 と、はすぐ隣りから強い視線を感じて振り返る。視線だけで人を殺せそうなくらいに強く睨むヴィータがそこにいた。 今まで対峙した中でも飛び抜けた殺気と憎悪を感じ取り、は思わず目を逸らす。 「(ほら、なのはもいつまでも突っ立ってるんじゃないの)」 「(え? あ、う、うん……)」 そして、先程までずっと立ち尽くしていたなのはがアリサに背中を押され一歩踏み出すと、ヴィータはに向けていた眼光そのままでなのはを睨みつける。 「えっと……あの……。そんなに睨まないで……」 「にらんでねーです。こういうめつきなんです」 その視線に耐え切れず、絞り出すように言葉を発したなのはだったが、焼け石に水。ヴィータは変わらずなのはを睨み続ける。 結局なのははそれ以上何も言えずさらに身をすくめ、アリサとすずかはただならない雰囲気を感じ取って不安げに顔を見合わせた。 「ヴィータ、嘘はあかん。なんや悪い子はこうやで!」 「うぅ〜! んうぅ〜!」 妙にとげとげしいヴィータを母親のようにしかるはやて。鼻をつままれてヴィータは苦しそうに眼をつぶった。 そんな光景をなのは達は複雑な心境で眺め、は薄々感づいてきたことを何度も握り潰そうとしていた。 ここにはシグナムにヴィータ、シャマルがいる。これではまるで、はやてが闇の書の―― (そんなことないっ……!) は歯を食い縛って嫌な考えを追い出そうとする。が、そうすればするほど、憶測は膨らんでいく。 結局、なのはもフェイトもも最後までぎこちなかったが、それでもなんとか平静を装い、喜んでくれたはやてに別れを告げた。 「ん? どないしたん? ヴィータ」 すずか達が出て行き、シグナムとシャマルが見送りに行った途端に抱き付いてきたヴィータに、はやては優しく問いかける。 今日のヴィータはなのはとフェイト、それにに対しては妙に神経を尖らせていた。 まあ、もともと人見知りをする方だし、不器用な子だ。特に人付き合いに関しては。 叱った後は大人しくしていたが、少しかわいそうだっただろうか。せっかく久々に会いに来てくれたというのに。 「……なんでも、ないよ」 「そうか?」 ぎゅっとはやての服の裾を掴んで離さないヴィータ。きっと甘えていたいのだろう。そっと頭を撫でてやる。 そういえば、ヴィータもそうだが、シグナムもシャマルもなんだか様子がおかしかった。 すずか達が訪れてくる前まではいつもと変わらなかったのに。すずか達と何かあったのだろうか? いや、思い返してみれば、なのは・フェイト・の三人には妙にとげとげしかったような。初対面ではないのだろうか。 その三人も、今日はいつもお見舞いに来てくれている時と違って、明らかに変だったし。ん〜、とはやては考える。 ヴィータに聞いてみようかとも思ったが、今のこの子には聞く気が起きなかった。考えてもしょうがないかな、とはやては窓で仕切られた空を見る。 「今夜は、雪になるかな」 今日はいつもより寒い。でも、ホワイトクリスマスだなんて、素敵だ。 シャマルに聞くと、後でザフィーラもきてくれるらしい。家には帰れなかったけれど、この部屋でささやかなクリスマスパーティをしよう。 もちろん、看護婦さんに怒られない程度に。はじめてできた家族と、はじめてのクリスマス。 (雪、降ってくれるとええなぁ) はやてはただ、曇った空を眺め、そう願った。 「「 さようなら〜 」」 アリサとすずかが正面玄関まで見送ってくれたシグナムとシャマルに手を振る。それに対し、シャマルが控えめに手を振っていた。 少しの間そうしてから、五人は踵を返して帰路に着いた。と、 「で? あんた達はさっきまでなんであんなに変だったのかしら?」 「にゃはは……」 「ごめんなさい……」 「はやてちゃんは気にしてないみたいだったから、良かったけど……」 「う、うん。そうだね……」 シグナムとシャマルから見えない位置まで歩いた途端、アリサが不満そうに腕を組んで尋ねてきた。 当然、本当のことを言える筈もないなのはとフェイトは苦笑して誤魔化すだけ。 すずかもそのことを気にかけてはやてのことを心配し、は申し訳なさそうに同意した。 「あんた達ね〜、はっきりしなさいよ! だいたい「ごめん! アリサちゃん、すずかちゃん!」ねぇっ、……へ?」 「私達、ちょっと用事があるんだっ」 「え? え?」 「ほんとごめん! じゃあまたっ」 「ど、どうしたの?」 「ちょ、ちょっと!? 待ちなさいよーっ!」 アリサとすずかの声を背に受けながら、三人は帰り道とは違う道へ駆け出す。 悪いとは思いつつも、これから起こるであろうことにあの二人を巻き込むわけにはいかなかった。 「……、通信妨害の範囲はどれくらい?」 《かなり広いわね。走って抜け出すのは無理よ》 「そっか……」 全速力で駆け、角をいくつか曲がり、人気のないところで立ち止まり、に尋ねる。 が、僅かにだか期待していた答えが出る筈もなく、は表情を一層険しくした。 「一人だけでも抜け出せないかな? 三人もいるんだから。フェイトならスピードもある」 《これだけの通信妨害範囲を超えられる結界を張れるのは、クロノかユーノくらいだろう》 走って駄目なら飛べばいい。のだが、関係のない一般人に人が空を飛んでいるところを見られる訳にもいかない。 ミッドチルダのように魔法文化が浸透している次元ならさほど問題ないのだが、いかんせん地球では魔法などファンタジー以外の何物でもない。 封時結界を張れば問題ないのだが、通信妨害の範囲が広すぎ、この場にいる三人では精々これの六割程度の範囲しか張れなかった。 「っ……。なら、高高度を飛んでいけばいい。追いかけてくるなら、僕となのはで時間稼ぎをすれば――」 「あのっ、君! 私はやっぱり言われたとおり会いに行って――」 「……なのは。シグナム達が僕らの話を聞いてくれるなんて、本気で思ってるの?」 「そ、それは……」 なのはの提案を最後まで聞かず、ははっきりと言い放つ。 いつもの温和な雰囲気からは似ても似つかない沈んだ声と冷たい視線を向けられたなのはは、言い淀んで俯く。 「お見舞いの時の三人の反応からわかるはずだよ。特にヴィータは、こっちの話なんて――」 「それでも、試してみないとわからないよ。ほんとのことを話せば、シグナムもヴィータも、きっとわかってくれる」 「フェイト……」 「私は、なのはが話しかけてくれたから、今ここにいるんだよ? 最初から決めつけるのは、良くないと思う」 「……」 「フェイトちゃん……」 フェイトが僅かだが辛そうに話すのを見て、は悩む。あまり時間はない。ここにいることも、すぐにわかるだろう。もう見つかっているかもしれない。 病院を出る前に、フェイトはシグナムに近くの最も高いビルの屋上で待つ、と言付けられており、なのはももそれを知っている。 確かにフェイトの言うとおり、可能性はゼロではない。ゼロではないが、限りなくゼロに近いのだ。そんなギャンブルまがいのことをする訳にもいかない。 なのはとフェイトは民間協力者だから良いとしても、は嘱託とはいえ管理局の魔導師だ。常に最善の選択をしなければならない。 それが、リンディとクロノから受けた教えであり、義務だ。例え、最善の選択が相手にとって冷酷なものであっても、天秤にかけることはできない。 ――でも、 《これはの負けね》 「……?」 《そうだな。二人の思うようにさせてやればいい》 「な……まで!?」 《あなたがなのはちゃんとフェイトちゃんに強要することはできないわ》 《そうだ。そんな権限はお前にはないし、もしそうしたとしても、二人が悩みを抱えたまま戦えるほど、奴らは甘くない》 「……」 「ごめんなさい、君。でも私は、ヴィータちゃん達なら、きっとわかってくれるって信じてるから」 「私も。だからお願い。行かせて、」 「なのは……フェイト……」 だって、可能性を捨てたい訳ではない。自分は焦りすぎていたのだろうか? 失敗続きの弱い自分を責めるがゆえに。 俯いていた顔を起し、訴えかけるなのはとフェイトを見つめる。その空色と真紅の瞳には、覚悟を決めた強い光が宿っていた。少なくとも、にはそう見えた。 「……なのはもフェイトも、強いなぁ」 「そ、そんなこと」 《確かによりは強いわね》 《だな》 「またはっきりと……」 「だって強いよ。私が良く知ってる」 「あはは。ありがと、フェイト」 微笑むフェイトがそう言ってくれて、は笑みを零す。ふと気付けば、随分と心が軽くなっていた。 今この場にいる皆に感謝し、は迷いを振り切る。そうだ、やってみなければわからないではないか。 「ごめん、ぐちぐち迷っちゃって。ただ、これだけは聞かせて。もしシグナム達が、話を聞いてくれなかったら――」 「力ずくでも、聞いてもらうよ」 「絶対に諦めない」 「わかった、行こう!」 「「 うん! 」」 なのはとフェイトが力強く頷いたのを見、はコンクリートを蹴る。 幼い子どもたちが逞しく成長していくのを、とは心強く思い、この子達を護る決意を一層深めるのだった。 聖夜の空は厚い雲が覆い尽し、星々の輝きを遮る。決戦まで、残り僅か。 あとがきらしきもの 優「ども〜。あとがきもどきに登場するのも久し振りなんですがさっそくすっごくピンチです」 シグナム「……」 ヴィータ「……」 シャマル「……」 ザフィーラ「……」 優「……あのぉ、そんなに睨まないでくれませんかっ!? めっちゃ怖いんすけどっ!?」 シ・ヴィ・シャ・ザ「だが断る」 優「ちょ、ま、やめ、おわああああああああっ!?」 はやて「まあそんなわけで、次回もお楽しみにな〜☆」 ク「……なんだこれ」 BACK 『深淵の種 U』へ戻る |