アースラ艦内管制室 12月12日 時刻16:22


『うん。ここまでで分かった事を報告しとく』

 モニターの向こうから、ユーノの声が電子音に混じって管制室に響く。
 画面に映る彼は眼を瞑り、周囲に15冊もの本を浮かべ、内容を瞬時に読み解いていた。

『まず、"闇の書"ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は"夜天の魔導書"。
 本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を蒐集して、研究する為に作られた、主と共に旅する魔導書。
 破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かが、プログラムを改変したからだと思う』
『ロストロギアを使って、無闇やたらと莫大な力を得ようとする輩は、今も昔もいるってことね』

 ユーノの説明が一区切りついたところで、リーゼアリアも本に囲まれながら皮肉を重ねる。

 人間は欲の強い生き物。強大な富や力に眼を眩ませやすく、それでいて心はガラスケースの如く脆い。
 少し力を込めて触れれば容易に砕けてしまうほどに弱い。それを認識せず、しようとしないのもまた、人間だ。
 それが故に、いつの世にも争いが起きる。人の歴史は戦争の歴史。だからといって、はいそうですかと言えるものでは、到底ないが。
 
『その改変のせいで、旅をする機能と、破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ』
「転生と、無限再生は、それが原因か」
「古代魔法ならそれくらいはありかもね」

 ユーノの報告にクロノが食い入るように尋ね返し、リーゼロッテはさらっと言い放った。

『一番酷いのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集が無いと、持ち主自身の魔力や資質を侵食し始めるし。
 完成したら、持ち主の魔力を際限なく使わせる。――無差別破壊の為に。だから、これまでの主は、皆完成してすぐに……』
「ああ……。停止や、封印方法についての資料は?」
「それは今調べてる。だけど、完成前の停止は多分難しい」
「なぜ?」
『闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムへの管理者権限を使用できない。つまり、プログラムの停止や改変ができないんだ。
 無理に外部から操作しようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』
『そうなんだよね……。だから、闇の書の永久封印は不可能、って言われてる』

 ユーノとアリアが次の資料を検索・速読しつつ報告を終え、ロッテが気だるそうに肩をすくめる。

「元は健全な資料本が、なんというかまぁ……」
「闇の書、夜天の魔導書も、可哀想にね……」
「調査は以上か?」
『現時点では。まだ、色々調べてる。でも、流石無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』

 クロノの問いかけに頷くユーノ。ふとユーノが無限書庫を見渡した。
 嬉しそうに笑みを零し、その眼はまるで無数の本が宝物の山であるかのように捉え、輝いている。
 先程まで、大人顔負けの神妙な面持ちだった彼が、一気に子どもに戻ったかのようだった。
 もとよりユーノにクロノ、エイミィはまだ十分子どもと言える年齢で、この光景は地球の感覚からだとかなり異質なのだが。

『というか、私的には君が凄い。すっごい捜索能力』

 アリアが無重力であるが為、飛ぶようにユーノと高度を合わせて賞賛する。言われた本人は苦笑しているが。

「じゃあ、すまんがもう少し頼む」
『うん』
「アリアも頼む」
『はいよ。ロッテ、後で交代ね』
「おっけ〜アリア〜」
「頑張ってね」

 最後に一言残し、エイミィは緊張が和らいだように少しだけ椅子に沈む。

「ユーノ君凄いね〜」
「ああ、あたしも正直驚いた〜」

 エイミィの言葉に、ロッテが感心したように相槌を打つ。実際、ユーノの捜索能力は確かに凄いものだった。
 アリア、ロッテという熟練魔導師(では少し語弊があるかもしれないが)を感心させるだけの能力は、そうそうない。
 無限書庫。捜索期間は基本的に年単位。しかも十数名、あるいは数十名にも及ぶチームを組んで資料を探す場。
 それをたった9歳の子どもが、せいぜい三人でこの短期間に調査を進めている事は、普通に考えて異常だった。
 僅か数ヶ月の内にAAAクラスの魔導師となったのなのはに天賦の才があるだろう事は明確だが、彼も別ベクトルでの天才だった。


「ご、ごめん、遅くなって」

 そんな中、管制室の扉が開き、少し息を切らせているが入って来た。

「遅いぞ、一体何し――」
「おー、! おひさし〜」
「あれ? ロッテさん?」
「……」

 声の方へ顔を向けると、そこには久し振りに顔を合わせるリーゼロッテの姿があった。
 予想外の対面に面喰らってしまい、は少しの間その場に突っ立っていた。
 話の途中に割って入られかなり仏頂面なクロノなど意にも介さずロッテは手を振り、その動きに合わせて尻尾も揺れる。

「そんなに驚かなくても〜。とって食べたりしないから」
「え? あ、はぁ……すいません」
「……で、何で遅れ――」
「検査、どうだった? どこか痛いとか」

 エイミィが至って自然にクロノをスルーしてに尋ねた。

「体の方は全然大丈夫です。すいません、心配かけちゃって……」
「ま〜たそんな事言って。艦長に怒られるよ」
「う……」

 軽く頷いて答え、申し訳なさそうに俯く
 それを見たエイミィが溜息をつき、指を指していつもの事のように言い、は更に俯いてしまった。

「……エイミィ」
「ん? どうかした? クロノ君」
が検査で遅れるって知ってたのか」
「あっれ〜、私言ってなかったかな〜?」
「はぁ……」

 クロノがジト目でエイミィに問うが、全く反省の色がない態度に深い溜息をついた。
 エイミィがこんな調子なのはいつもの事だと割り切る。彼女がこうなのは今に始まった訳では無いから。

 こういった些細なやり取りでエイミィに助けられている自覚は、まだクロノにはないようだ。
 度が過ぎて几帳面で生真面目なクロノが自分自身に押し潰されないのは、間違いなくエイミィのおかげなのだが。
 まあ、だからこそ管理局でもそれなりに名の通った名コンビであって、上手く短所を補い合っていると言える。

。いつまでも突っ立ってるんじゃない》
「あ、ああ、うん」

 に言われ、扉の前で佇んでいたが三人に近づく。

もおひさしだ」
《ああ》
《相変わらず元気そうね、リーゼロッテ》
「もっちろん。それがあたしのチャームポイントっ」
《あなたは尻尾の方がチャームポイントだと思うわ》
「ん〜、そう?」
《ええ。そう思わない? エイミィ》
「そうだね〜。私は耳も可愛いと思うな〜」

 挨拶を交わして早々お喋りに花咲かせる三人に、クロノとはやれやれといった風に息を吐く。
 肩をすくめるクロノにそっけなく報告書を渡され、は苦笑しながら受け取り眼を通していく。

《封印は、やはり難しいのか》
「ああ。ユーノが頑張ってくれてはいるが……」
「まだ対処法はない、かぁ」

 クロノとが若干沈んだ声で言い、は「まいったなぁ」と頭をかく。

「……まあ、それについてはユーノからの報告を待つしかない」
「ユーノ、元気そうだった?」
「ああ見えて案外タフだからな、大丈夫だろ」

 最近無限書庫に篭りっ放しのユーノについて尋ねる。今日は遅れて顔、合わせられなかったし。
 が、PT事件からどうにも犬猿の仲なクロノとユーノ。クロノは手をひらひらと振って淡白に答えた。
 ちゃんと能力認めてるくせに二人とも素直じゃないなぁ、と内心呟いて苦笑する。
 とも時々言い合ったりするが、ユーノの時は会えばほぼ必ず皮肉を言い合っている気がする。

 喧嘩するほど仲が良いとはこの事だろう。もっとも、二人に言えば声を揃えて否定するだろうが。

「とにかく、今はできることをするしかない。エイミィ、仮面の男の映像を」
「でね、本局内に美味しい喫茶店ができたんだよ」
「えっ、マジ?」
「マジマジ。今度行ってみな――」
「おいエイミィ! 今は仕事中なんだぞ!」
「あ〜はいはい、そう怒らない。将来困っちゃうよ、血圧とか」
「いくらなんでも緊張感がなさすぎだっ。それと血圧は関係ない!」
「関係あるって。子どもの頃からそんなにカリカリしてちゃ禿げちゃうよ?」
「――〜〜〜っ!」
「さすがはクロスケ。からかいがいありまくりだ」

 クロノが声にならない叫びをあげて頭をかきむしる。
 エイミィさん、やっぱりクロノあしらうの上手だな、と妙に感心してしまった。

 何だかんだ言いつつ、エイミィは素早くコンソールを操作してモニターに映す。三秒もかかっていない。

「この人の能力も凄いっていうか何ていうか。なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて。
 フェイトちゃんには、全く気づかれずに後ろから忍び寄って一撃……。しかも、君が結界解除しても互角にやりあった。
 二人一組で動いてるっていうのは確かだと思うんだけどね」
「うん……」

 エイミィには悶絶中のクロノなど眼中にないようで、淡々と、だが的確に情報を伝えていく。

 その内容をは複雑な心境で聞き、段々表情が険しくなっていくのが自分でもわかった。
 最近は任務で失敗ばかり続いている。悔しくて、申し訳なくて、自分が情けなくてどうしようもない。
 これ以上、皆に迷惑はかけられない。自分が原因で、今回のようにフェイトが傷ついてしまうのは絶対に嫌だ。
 もう負けられない、負けるわけにいかない。今度こそ、絶対に守りぬいてみせる。と、

(……あれ?)

 の脳裏に、大半が霧に覆われた場面が、一瞬だけ映された気がした。
 胸が締め付けられるように痛む。凄く寂しくて、辛くて、悲しくて、凍えるような感覚。
 曖昧でぼやけてたけど、昔、誰かに同じ事を言って、それで……それから……――

「どうにしろ、かなりの使い手ってことになるねぇ」

 ロッテの声が聞こえて、微かに浮かびかけた映像はフッと消えた。
 何だったんだろう、と首を傾げながらも、曇りすぎていてよくわからなかった。

「…………まあ、一人でこれだけの事をやってのけるのは無理だ。二人でも厳しいだろうが。ロッテはどうだ?」
「あぁ〜……無理無理。あたし、長距離魔法とか苦手だし」
「アリアは魔法担当、ロッテはフィジカル担当で、きっちり役割分担してるもんね」
「そうっそう!」
「なら、アリアとロッテならできるってことだ」
「ちょっとクロスケ。それじゃまるであたしとアリアがやったみたいに聞こえるんだけど?」
「可能性の話だ。別にそうだと決まったわけじゃない」
「クロスケのくせに生意気な」
「関係ないだろ」
「いーや、ある。鍛えてやった恩を忘れたかっ」
「……昔はそれで、酷い目に遭わされたもんだ」
「その分強くなったろ、感謝しろっつーのっ」

 クロノ達の話を遠くから聞いているかのように感じる。
 思い出したいけど、どこかで思い出したくない。そんな気配のする記憶をたどる。
 が、結局思い出せずに「ん〜……」と一人唸って首を傾げた。

、どうかしたの?》
「ん? あ、いや、なんでもないよ」
《さっきから気が抜けてるな》
「……うん、ごめん」

 考え込んでいることに気づいたが声をかけてくれたが、心のもやは消えなかった。
 ただ、思い出せないものは仕方ないか、と思考を切り替えることくらいしかできない。
 まだ思考の渦に飲み込まれたままだが、も溜め息をついただけでそれ以上は何も言わなかった。

、フェイトはどうしてるんだ?」
「あ、うん。病室で寝てると思う。今日中には帰れるって」
「そうか。僕とエイミィはしばらく本局にいるから、フェイトと一緒に戻るといい。学校もあるしな」
「それはいいけど、闇の書はどうするの?」
「それは武装隊に頼んである。なのはと三人で、緊急時以外は普通に過ごしておいてくれ」
「了解」

 軽く頷き、は管制室を後にする。
 浮かびそうで浮かばない記憶のカケラに、もどかしさを感じながら。





ハラオウン宅前 12月13日 時刻7:28


「なのは、遅いね」
「前にもあった気がするんだけど」
《四日前だな》
《なんだかまた面白い事になってそうね〜》

 マンションの前で待つ達。かれこれ十分は待っただろうか。
 普段は遅れることなどないなのは。まあ以前に一度ありはしたが、それだけだ。珍しいことに変わりないわけで。
 そんな中、は至極嬉しそうな声で、どこか楽しみにしている。その声には溜息をついた。

「ご、ごめんなさ〜い……」

 の溜息と同時に、なのはが走りながら姿を現した。

「おはよう、なのは」
「おはよう」
「お、おはよう……ごめんね……」

 二人の目の前まで走り着くと、なのはは膝に手をついて酸素を求める。
 苦笑しながらフェイトが背中をさすってやった。

「はぁ……はぁ……フェイトちゃん、体調……大丈夫……?」
「うん、私は大丈夫だから。ほら、深呼吸して」

 まだ苦しいだろうにもかかわらず、心配してくれるなのはに笑顔で答える。

「魔法が使えないのは、ちょっと不安なんだけど……」

 大きく深呼吸するなのはを見ながら、フェイトは少し不安そうに呟いた。

「まあ、そこは僕となのはでなんとかなるよ。それに、闇の書については武装隊が引き受けてくれるらしいから。
 当面、僕らはこっちで静かに暮らしてればいいって、クロノも言ってたし」
「そ、そうなんだ……。出動待ち、みたいな感じかな……?」
《そうなるな》
《休める時に休むことも、戦う者としての心得よ。今の内にちゃんと、英気を養っておくべきね》

 の言葉に、三人はしっかりと頷く。

「それにしても、やっぱりなのはが遅れるなんて珍しいなぁ。何かあった?」
「え、えっとね、その……ね……」

 が問いかけると、なのははごにょごにょと語尾を濁らせる。
 指を無造作に絡み合わせ、視線は泳ぎっぱなし。明らかに変だった。

「き、昨日の夜にね……その……」
《マスターユーノから電話があったのです》
「にゃっ!?」
「あぁ……なるほど」
《それはそれは》

 いつまでもはっきりしないマスターに呆れたのか、レイジングハートはそっけなく答えた。
 それに対してなのはは妙な声をあげ、フェイトとは生暖かい視線をなのはに向けながら相槌を打つ。

「レ、レイジングハートっ!」
《事実です》
「そ、そうだけどぉ」

 首にぶら下がっている愛杖に少し声を荒げる。が、さらっと返されてなのはは言葉に詰まってしまった。
 どんどん真っ赤になり、しまいには顔を伏せてしまうなのは。はよくわからないと言った風に首を傾げた。

「ユーノって、携帯持ってたっけ?」
「う、うん。それが――」

 の疑問になのはが小さな声で答える。
 なんでも無限書庫に様子を見にきたリンディに袋を渡され、その中に携帯が入っていたらしい。
 リンディ曰くプレゼント。で、一緒に入っていた紙になのはの電話番号が書かれていて、電話をかけたのだという。

《あ〜、それであの時……》
《何か知っているのか?》
とフェイトが携帯電話を買った時よ。リンディ、もう一つ余分に袋持ってたじゃない》
《……そういえばそうだったな》

 は合点がいったと一人うんうん唸っている。
 なぜそこまで嬉しそうなのかにはわからなかったが、もう深く考えないようにした。
 考えるだけ疲れる。それに、変に深入りしたらいつ矛先を向けられるかわかったものではない。

 ちなみに、なのは達の携帯はエイミィとマリエルが改良を施し、離れた次元世界でも会話できるようになっている。
 その為にはハラオウン宅にある設備やアースラが必要となるが、今のところ特に問題は起きていない。

「良かったね、なのは」
「ふぇ? あの……よかったといいますか……そ、その、よかったけど……」
《なのはちゃんもうぶねぇ。わかりやすいったらないわ》
さん!」
《あら、ごめんなさい》
「う〜……」
「なのは、ユーノと連絡取れるからって遅れてばっかりじゃ駄目だよ」
「も、もう遅れたりしないからっ」
《連絡することは否定しないのですね》
「ふええ!? ぁぅ……レイジングハートのいじわるっ!」

 四面楚歌ななのはは何か言われては真っ赤になって言い返す。が、その反応さえ面白がられて手玉に取られるさまは、哀れというほかない。
 まあ、いくら魔導師とはいえ中身はまだ9歳の女の子。少しませている気もするが、これが普通なのだろう。

「……そろそろバスが出そうだね」
《……そうだな》
《……サー、また乗り遅れますよ》

 蚊帳の外な男三人の言葉に、フェイト達は時間が迫っていることにようやく気付いて大慌て。


 結局、以前と同じようにアリサとすずかに助けてもらい、三人はバスの中でこっぴどく説教された。

「何で僕まで……」
『……お前も苦労症だな』

 なぜか一緒に説教されたが嘆いていたりもした。





私立聖祥大学付属小学校三年一組 同日 時刻7:56


「入院?」
「はやてちゃんが?」

 教室に入ってすぐ、すずかがはやてのことを切り出した。
 それに対してなのはとフェイトが驚きつつ聞き返し、とアリサは不安げに眉をひそめる。

「うん……。昨日の夕方、連絡があったの。
 そんなに具合は悪くないそうなんだけど、検査とか色々あってしばらくかかるって……」
「そっか……」

 二人の問いかけに答えるすずか。言い終わると、心配そうに俯いてしまった。
 重く沈んでしまった空気の中、アリサが口を開く。

「じゃあ、放課後皆でお見舞いとか行く?」
「いいの?」

 アリサが努めて明るく提案し、すずかは予想外のことに少し上ずった声で聞き返す。

「はやてとはもう友達なんだし、当然よ。
 お見舞いも、どうせなら賑やかなほうがいいんじゃない?」
「ん〜……、それはちょっとどうかと思うけど」
「そう? 元気が出ていいと思うな」
「なのはの言うこともそうだけど、いいと思うよ、ねっ?」
「うん、ありがとう!」

 皆の言葉に元気づけられたすずかは、心から嬉しそうに頷いた。

「それじゃ、お見舞いしてもいいか聞いてみるね」

 そう言うと、すずかは携帯を取り出して手早くメールを打つ。

「ん〜、せっかくなんだからもう少しアクセントが欲しいわね」
「あくせんと?」
「なんかこう、元気になれるような見栄えのあるものよ」
「……?」
「ま、はそういう事には疎そうだから期待してないけどね」
「う……なんか傷つく……」
「! そうだっ!」

 項垂れるを尻目に、アリサは教室の備品を漁り始めた。
 そのあまりに唐突な行動になのは達は驚く。

「ア、アリサちゃん、先生に見つかったら怒られるよ?」
「いいじゃないちょっとくらい。学校の物は生徒の物でもあるのよっ!」
「それはかなりおかしいと思んだけど……」

 フェイトが苦笑混じりに言い、さらに他の生徒たちの視線を集めているにもかかわらず、お構えなしに漁り続けるアリサ。
 と、目当ての物を見つけたらしく、「あった!」と嬉しそうに言うと、それを強引に引っ張りだして自分の机の上に広げる。

「……紙?」

 がぼそっと呟く。130cmくらいの大きな水色の紙だった。
 アリサは戸惑うなのは達をほったらかしにし、一緒に漁ってきたマジックをすずかに手渡す。

「え?」
「いいからちょっと耳貸しなさい。実は――」

 いきなりマジックを渡されて慌てるすずかに、アリサが何やらひそひそと伝える。
 聞き終えたすずかは理解したのか、嬉しそうに微笑んで「ちょっと待っててね」とだけ言って紙に何かを書き始めた。
 見るからに丁寧に丁寧に書き終えたすずかは、それをアリサに渡す。受け取ったアリサは真剣に眺めて満足げに頷くと、

「これをみんなで持って、写メにして送るのよ!」

 自信満々といった風に紙をばっと広げた。
 紙には"早く良くなってね"と大きく可愛らしい文字が書かれてあった。
 それを見て残りの三人がなるほど、と笑みを零しながら頷く。

 近くにいた生徒に撮ってもらい、すずかは願いを込めるように送信ボタンを押す。
 そのメールが、受け取った者に大きな衝撃を与えるとも知らずに。





海鳴大学病院 同日 時刻16:44


 病室で一人佇んでいると、ヴィータ達が現れる前に戻ったような錯覚に陥る。
 一人。孤独。不安。恐怖。9歳にしては随分と幸薄い少女だと、不謹慎とわかってはいても、そう思っていた。
 そんな寂しさを紛らわせる為に、色んな小説を読んでは、物語の登場人物に自分を重ね合わせていた。
 自分の読んでいた小説は、大半が童話だったり冒険物だったり、孤独とは無縁の作品が多かった。
 重ね合わせたキャラクターの周りには、優しい人々に溢れていた。それがどれほど輝いてみえて、羨ましいものだったことか。
 読み終わると、いつも虚しさが募った。考えても仕方がないのに、考えてしまう。どうして私は一人なのだろう、と。
 父も母も兄弟も、祖母も祖父もいない。頼れる親類がいて、石田先生という信頼のおける医師がいるだけ、マシだと思わなければならないのに。

 そんな事ばかり考える毎日だった。自由に動き回れたら、色んなところに行って、友達も作れただろうが。
 それも叶わぬ夢だと、幼いながら割り切ろうとしていた時に、家族ができた。
 最初はあまりに現実離れした出来事に気を失ってしまったが、事実だとわかったとき、私は初めて神様に感謝した。
 願いが通じたのだと。神様が願いを聞き入れてくれたのだと。嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
 私が泣いていると、彼女たちは少しオーバーともとれるくらい心配してくれた。それがまた嬉しくて、やっぱり涙は止まらなかった。
 まるで、重ねあわせ続けていた物語の登場人物ではないか。私は不幸なんかじゃない。世界一の幸せ者だとさえ思った。今でもそう思っている。

 ただ、良いことばかりが起きる訳がなかった。最近、妙に胸のあたりが痛い。締め付けられるような激痛に襲われるようになった。
 さらに、シグナム達があまり家に帰ってこなくなった。随分と焦っているように見える。聞いても教えてはくれないだろうけど。

 私の病気は原因がわからない。それはつまり、治るかどうかわからない、ということ。むしろ、治らない確率のほうが高そうだ。
 私はどうなるのだろう? 正直、あの痛みは激痛などというレベルではない。もしかしたら、私は近いうちに――

 思考の海に沈んでいると、病室のドアがノックされた。はっと気づいて声を上げる。少し上ずってしまった。
 シャマルが来てくれたのか、それともヴィータ? 安堵していく心。が、扉が開いた瞬間、

「「「「「 こんにちは〜 」」」」」

 私の心は飛び跳ねた。
 五色の声と笑顔が、私の目と耳に飛び込んできた。
 すずかちゃん、なのはちゃん、フェイトちゃん、アリサちゃん、君。……君!?

「こ、こんにちは〜。いらっしゃい!」

 何とか答える。さっきより声が上ずってしまい、少し恥ずかしかった。

(そ、それより髪は変になってないやろか。こんなことやったらもっとおしゃれしとくべきやった〜……ああもうどないしょ……)

 とんでもないサプライズイベントに、はやての頭の中はぐちゃぐちゃになってしまった。

「お邪魔します。はやてちゃん、大丈夫?」

 花束を持ったすずかが声をかけてきた。大渦に飲み込まれた思考を、何とか現実に引き戻す。

「う、うん。平気や〜。あ、あぁ、皆座って、座って」
(とりあえず落ち着くんや八神はやて……。せっかく来てくれたんやから、ちゃんとせなアカン、アカンのやっ……!)

 暗示をかけるように心の中で落ち着けと連呼する。まあ、思ったより効果はなく、余計に焦る羽目になったが。

「えっと……そや、コート掛け、そこにあるから」
「ありがとう」

 そう言うと、フェイトが微笑みながら答えてくれた。

(……ほんま、お人形さんみたいやな〜……)

 心中で溜息をつく。以前、すずかが励ましてくれたけど、どう頑張っても勝てそうにないのだが。
 そんな事を悶々と考えていると、不思議と落ち着いてきた。結果オーライ。

「はやてちゃん、これ、うちのケーキなんだよ〜」
「そうなん?」
「うん!」
「すっごい美味しいんだよ。はやても気に入ると思うな」
「そ、そっか〜。ありがとうな」
「……はやて、ほんとに大丈夫?」
「だ、大丈夫やって。そんなに心配せんでも平気やよ〜」

 あはは、と最後に笑ってみせる。多分、ヘンテコな笑いになっていただろう。
 そういえば、久しぶりにと話した気がする。それだけでどぎまぎする自分が情けないような恥ずかしいような。
 それでも今日、とこうして会えたのは、

(やっぱり私、結構運ええやんなぁ)

 がちょっとした事でも心配してくれるので、ふにゃ、と表情が緩んでしまうのだった。


「……」

 一方フェイトは、そんな光景をかなり複雑な面持ちで見つめている。

は優しいから……でも、ちょっと……)

 世話を焼きすぎではないだろうか。いや、そんな事はないはず。……でも――。
 はやては病人だから仕方がない。仕方がないのだ。なのに、さっきから胸の辺りがちくちくと痛む。
 別にはやては悪くないし、だって当たり前のことをしているだけなのに、それを嫌だと感じるなんて。
 そんな自分が情けなくて、小さく溜息をつく。私はこんなにダメな子だったのか、と。
 それに、初めて会った時の第一印象もそうだったが、やっぱりはやては可愛い。それこそお人形さんみたいだと本気で思う。

 そんな事をぐるぐる考えていると、いきなり両肩に手を置かれてびくっと体を強張らせた。
 振り向くと、そこには怖いくらいの満面笑顔なすずかとアリサがいた。

「あ、あの……?」
「妬いちゃうのは普通だよ〜」
「強敵ね、ファイトっ!」
「――〜〜〜っ!?」

 耳元で囁かれ、完全に見透かされていることに気づいたフェイトは、しばらくの間ゆでダコのように真っ赤なままだった。




あとがき

四ヵ月以上とか……何しとんねん……。
……口を開けば嘘ばっかか自分_○__
謝って済むものではありませんが……、本当に申し訳ありません<(_)>

過去のキリ番をとって下さっている皆様にも、深くお詫びを……。
うう……待たせ過ぎですよね……。ほんとごめんなさい……。


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