不屈の心、レイジングハート・エクセリオンは、もしリインフォースUのように人の姿をとれるならば盛大に溜息をついていただろう。
 『溜息ついたら幸せが逃げる』なんて言葉がこの世界にはある。が、この光景を見ていると嫌でも一つや二つはつきたくなる。
 一応、インテリジェントと名に付くくらいなので人工知能を持ち合せてはいるが、随分と人間らしくなったものだ。
 そんな事は置いといて、溜息の原因となっているマスターである15歳の少女は、先程からある物と睨み合いを続けている。

「うぅ〜……あう……にゃあぁ……」
(やれやれ……)

 また一つ、溜息をついた。



1:きっかけ



 事の発端は、今から少し前の事。


「そういえば、今日は浴衣着て行く?」
「うん。義母さんが用意してくれてるから」
「何でか知らんけどシャマルが用意してたな……」
「私も着て行くよ」
「……えーっと、何の話してるの?」

 学校の帰り。今日は珍しく五人揃っているので翠屋に寄り、店の外にあるテーブルを囲んでお茶をしながらお喋り。
 そんな中、緑のリボンで髪をサイドポニーにしている少女、高町なのははキョトンとして四人に尋ねる。
 それを聞いたフェイト・はやて・アリサ・すずかは揃って「えっ?」と声をあげ、なのはを驚きの混じった眼で見る。

「何って……もしかしてなのはちゃん」
「忘れてた……とか言うんじゃないでしょうね?」
「え? え? 何かあった?」

 本気でわからないと言った風のなのはを見て、はやては天を仰ぎ、アリサはテーブルに突っ伏した。

「ど、どうしたの?」
「……なのは、今日はお祭りだよ」
「お祭り……って嘘!? 今日なの!?」
「そうだよ」

 フェイトが引き攣った笑みを浮かべながら伝え、すずかが苦笑しつつ肯定する。
 ようやく気付いたなのはが一瞬石化した。

「お母さん! 何で一言言ってくれなかったの!?」
「あら、なのは知らなかった?」

 紅茶のおかわりを持って来た母に、なのはが結構な大音量で叫んだ。
 娘の言葉を聞いて桃子は、ん〜、と少し考えてから、

「あ、そういえばなのはに言ってなかったわ。ごめんね」

 と、特に悪びれた様子もなくいつもの笑顔で言うだけだった。
 それを聞いたなのはががっくりと肩を落とす。

 今日は海鳴市を挙げての夏祭りが行われる日。
 神社の前には多数の屋台が並び、祭りのフィナーレとして数千発の花火が夜空を彩る。
 結構大きな祭りで中々に有名な為、遠方から訪れる人も少なくない。

「なのは、最近ずっと仕事だったよね?」
「うん……。今日だって事忘れてたよ……」

 フェイトの問い掛けに、暗い表情のまま答えるなのは。
 つい最近入局してきた新入局員の教導を任されたなのはは、最初の基礎固めが大事という事もあって、ここ一週間は局の方へと働き詰めだった。
 新入局員の数が予想以上に多かった為、忙しくて今日は祭りという事がすっかり頭から吹き飛んでしまっていた。

「てことは……もしかしてユーノ、祭りの事知らないんじゃない?」
「フェイトちゃんかはやてちゃんから伝えてないの?」
「ユーノ君にはなのはちゃんが伝えとる思てたから、何も言ってへんな〜」
「私も……」
「うぅ……」

 なのはがどんどん落ち込んでいく。
 ずっと無限書庫に缶詰状態のユーノを誘って祭りに行こうと考えていただけに、なのはにとってはかなりの衝撃となってしまった。

「今からでも誘えばいいだろう?」
「諦めるのはまだ早いよ、なのはちゃん」
「お兄ちゃん……忍さん……」

 珍しく客がなのは達しかいない為、暇を持て余していた恭也と忍が奥から出てきた。

「確かにそうね。別に途中から行ったって誰も文句言わないわよ」
「そうやでなのはちゃん。今からでも十分間に合うやんか」
「でも、ユーノ君忙しいと思うし……急にお休みとれないかも……」
「それは大丈夫だよ。ユーノ、有給が一杯貯まってるってこの前クロノが言ってたから」

 皆に励まされ、なのはの表情から暗いものが消えていく。

「そうだね……。ありがとう、皆」
「そうと決まればなのはちゃん、早くユーノ君に連絡しないと」
「うん! それじゃ私、準備もしないといけないから帰るね!」

 すずかに後押しされ満面の笑みで皆に別れを告げ、なのはは風のように走り去って行った。

「やっぱり、なのはちゃんには笑顔が似合うね」
「しっかしあれで気付かないなのはは凄いと思うわよ、私は」
「そうだね……」
「なのはちゃんらしいといえばらしいんやけど」

 少し沈黙が続いた後、四人揃って溜息をつく。
 明らかにユーノを好きというのが丸わかりなのだが、なぜか本人はその事に気付いていない。

「なのはもユーノも、今のままで満足しているみたいだからな」
「あれじゃ進展しないのも無理ないね」
「なのはもユーノ君ももうちょっと欲張りになってくれたら良いんだけど」

 恭也が、たまに遊びに来るユーノとそれを迎えるなのはの様子から察して言い、その事を恭也から聞いている忍が苦笑しながら便乗する。
 桃子はユーノがなのはを貰ってくれないかと本気で考えているので、頬に手を当てて困った表情で独り言ちた。

「あーもう! なんで周りの私達がこんなにやきもきしなきゃいけないのよっ!」
「ア、アリサちゃん、落ち着いて……」
「しょうがないよ、二人の問題なんだから……」
「いや、これはもうそんなレベルと違うでフェイトちゃん。あの二人は周りが押してあげなほんまに一生このままや」
「それは……そうかもしれないけど……」

 はやての言う通り、あの二人ならほんとにこのまま満足してずっと変わらないかもしれない。
 そう考えても殆ど違和感がないので、確かにこれはまずいかなと思うフェイト。

「こうなったら、無理矢理にでもあの二人をくっつけてやるわ……」
「それは実にええ考えや。 私も一家総出で協力するで!」

 ふふふ……、と恐い笑みを浮かべるアリサとはやて。二人とも目が据わっている。

「二人とも……流石にそれはちょっと……」
「何言うてんねん。フェイトちゃんも二人にくっついて欲しい思てるやろ?」
「それはそうけど……」
「なら問題ないわね。すずかはどう?」
「もちろん、上手くいって欲しいな」
「よっしゃ! 決まりやな!」
「それじゃ、私の家で作戦会議するわよ! 鮫島!」
「かしこまりました」
(ごめんね。なのは、ユーノ……)

 心中で二人に謝りつつも悪くないと思ってしまうあたり、自分も結構お節介好きなのか、それとも問題の二人が異常なのか。
 何はともあれ、やる気満々のはやてとアリサを見て、すずかと一緒に笑みを零すフェイトだった。



「司書長、この資料の記述は解読完了です」
「ありがとう。それは本局の上層部に送っておいて下さい」
「司書長〜! M52-189574ADの文献は終了しました〜!」
「わかりましたー! 追加の請求きたのでそっちもよろしくー!」
「げぇっ!? まだあるのかチクショォオオォォオ!!」
「ぎゃああぁぁぁ!? 司書長! ハラオウン提督から通信があああぁぁぁぁ!?」
「なにいいいぃぃぃぃ!?」←現在勤務中の司書全員

 相変わらず戦場の如き喧騒さを誇る時空管理局本局の巨大データベース、名を「無限書庫」と呼ぶ。
 遙か先へと上下に延びる無重力空間の壁はほぼ全て本棚でできており、本が名の通りまるで無限の如く収められている。
 無論、この世に永遠や無限といったものはないので、ここの本も無限にある訳では無い。
 しかし、ここで一日でも仕事をした者ならば必ず口を揃え精一杯の皮肉を込めてこう嘆く。
 「ここを無限書庫と名付けた者に盛大な拍手を送りたい」と。
 無限ではない――と思いたい――のだが、その量が半端無いなんて次元の話では無いのだ。
 で、ここは既に管理局の情報機関として機能しており、当然ながら本の整理だけをしている訳にはいかない。
 多方面から来る依頼を、相変わらず不足している人員でなんとかやりくりしつつ、殆ど無い暇な時間も本の整理で跡形もなく消え去る。
 故に、ここで働く者にはまともな休暇がない。有給は年に五回支給されているが、長の少年に似たのか余程の事がない限りそれを消化しようとする者もいない。

 そんな戦場に於いて最大の敵と司書全員が認識する人物、クロノ・ハラオウン提督。
 彼の請求する資料の数は異常ともとれ、司書達曰く「あの鬼ち……もとい、あの人は俺達(私達)を殺す気満々」らしい。
 本人はユーノをはじめとする司書達の能力を評価した上との事だが、評価するくらいなら数減らせ馬鹿野郎が既に常套句と化している。

「……何か御用ですか? ハラオウン提督」

 流石のユーノも彼の請求量には参っており、更に腐れ縁で尚且つ憎たらしい親友という事もあって皮肉たっぷりに対応する。

『敬語なんてよせ、寒気がする』

 それはモニター越しの提督も同じらしく、本気で嫌そうな顔をしているが。

 ちなみに余談ではあるが、地球に於ける提督とは主に海軍将官――大将・中将・小将・准将――クラスの者を総称する呼び名。
 国立図書館の館長もまた、将官クラスと同レベルの権限を与えられているに等しい……らしい。
 なので、ミッドに於ける階級制度が地球のそれと同様かは不明だが、ユーノもクロノも年の割に異常な程階級が高いのは間違いないだろう。

「はいはい。で、今日はもう依頼は受けれないよ。昨日君から請求された分でもう限界」
『……どうも引っ掛かる言い方をするな』
「僕が言ってる事、おかしい?」
『む……まあいい』

 普段から誰に対しても丁寧な口調を崩さないユーノだか、クロノに対してはかなり砕けた話し方をする。
 そんな風にユーノが何の気兼ねも無しに話せる人物がクロノくらいしかおらず、クロノも精々エイミィかユーノかヴェロッサくらい。
 そう考えれば、何だかんだ言いつつも腹を割って話せる数少ない男友達で、そこら辺は二人ともしっかりわかっている筈だ、……多分。

『そんな事よりユーノ、この後ちゃんと時間はとってあるんだろうな?』
「……は?」

 山のような資料を請求しといてそれのどこが"そんな事"だ。
 思い切り愚痴ってやろうと思ったら、急に訳の分からない事を言われ、思わずモニターに映っているクロノを凝視してしまった。

「この後って……何かあった?」
『何かあったって……。まさか、なのはから何も聞いてないのか?』
「特に何も」
『……今日は海鳴の祭りだ』

 あ〜、もうそんな時期か。
 どこか遠い思考でそんな事を愕然と考えるあたり、そろそろ本気で時間感覚がおかしくなってきたかもしれない。
 それにしても、海鳴りの祭りは毎年なのはが誘ってくれていたので、今年は誘いが無かったのは……。

(……結構、キツイなぁ……)

 ようやく思考が追いついたのはいいが、かなり精神的ダメージを喰らってしまった。

『ユーノ君、元気出しなよ』
「エイミィさん……」

 クロノが映っているモニターの横にもう一つモニターが起動し、笑みを浮かべるエイミィが映し出された。

『二人の話聞いてて、ちょっと調べてみたんだけど。
 なのはちゃん、最近新しく入った局員の教導を任されたらしくて、かなり忙しかったみたいだよ』
「そうなんですか」
『ふむ。という事は、忙しくて忘れただけか?』
『私はそうとしか思えないけど? なのはちゃんがユーノ君を誘わない筈無いじゃない』
『確かにな』

 エイミィが教えてくれたなのはの近況から察し、少しだが胸を撫で下ろしたユーノ。
 が、その後妙にニヤニヤしたしだクロノとエイミィを見て、ユーノは表情を引き攣らせた。

(……またお節介な事考えてるな、絶対)

 エイミィは今に始まった事ではないが、提督になりエイミィと婚約してから、クロノもそういった話題でも盛り上がるようになってきた。
 お堅い生真面目性格が服着て歩いてるような奴だったクロノも、最近では随分と柔軟性を持ち合わせたという訳だ。
 尤も、からかわれる側の身としては、そんなものは嬉しくも何ともない。寧ろ余計に性質が悪くなったと言える。

『それでは、ユーノ・スクライア司書長殿』
「敬語なんてやめてくれ。寒気が走る」
『お互い様だ。で、提督権限によりこれから有給をとる事を命ずる』
「な……!?」
『拒否権はないよユーノ君。さっきリンディ総務統括官とレティ提督からも命令が下りたから♪』

 それはなんとも手際のよろしい事で。

「エイミィさん……、ここがどれだけ忙しいか知ってるでしょう?」
『だーいじょうぶだよー。リンディさんとレティさんが一時的に人員補充をするって言ってくれてるんだから』
『またトラウマ抱える連中が増えるな』

 クロノ……今日会ったら絶対一発お見舞いしてやる。

『だ〜か〜ら〜。ユーノ君は今すぐなのはちゃんのところに行ってあげなさい!』
「いや……確かにそうしたいのは山々なんですけど……」
「司書長! 俺達には構わず行って下さい!」

 ユーノが真剣に悩んでいると、それまで傍から見守っていた司書達がいつ間にかユーノの周囲に集まっていた。

「そうですよ! 大体、司書長は働き過ぎです!」
「あんな上玉逃すなんて男じゃないですよ!」
「チクショウ! 羨ましくない! 羨ましくなんかないからさっさと行ってやれ司書長!」
「仕事はなんとかしますけど、お土産よろしくお願いしますね〜」
「私はたいやきがいいな〜」
「えーっと……できればわたあめ?を」
「ほらほら、早く行かないと力ずくで放り出しますよ」
「皆……ありがとう」

 ある者は真剣に、ある者は笑みを浮かべ、ある者は泣きながらユーノを送り出す。
 家族を知らないユーノにとって、苦楽を共にしている司書達は家族も同然となっていた。

「それじゃあ……行ってきます」
「御武運を!」
「GOOD LUCK!!」
「羽目外し過ぎて一線越えちゃだめですよ〜」
「お土産忘れたらボイコットしますからねー」
『頑張れ男の子! それじゃ、私達も帰って準備しないと』
『ああ』

 皆がサムズアップし、トランスポーターへと急ぐユーノを見送った。
 エイミィも目一杯サムズアップし、クロノは特に何をするでもなく通信を切った。

「……にしても、なんであれで恋人同士じゃないんだろうな」
「色々複雑なんだろうさ、あの二人も」

 ユーノの姿が見えなくなった後、古参の司書が呟いた。
 なのはがユーノを訪ねて無限書庫に来る事は決して少なくない。
 四年前の事故の後は、更に彼女が訪ねてくる回数は増えていた。
 まあ、彼女が来たらとんでもなく甘い空気が無限書庫の隅々まで行き渡るので、司書達はブラックコーヒーを標準装備していたりする。

「でも、私はハラオウン執務官も脈ありかな〜、とか思ってたんだけど」
「あ〜。執務官試験の時に良く司書長を訪ねてたもんな」
「俺は八神捜査官もアリかと思ってたんだが」
「確か……騎士杖と人格型ユニゾンデバイスの製作でよく来てたわね」
「司書長は誰とでも仲良くできるからな」
「でもやっぱり、一番は高町教導官よね」

 普段は上司だが、こういうプライベートな話になると、可愛い弟か息子くらい年の差がある為、こういった話題が絶えない。
 何はともあれ、ユーノは部下達に絶対的な信頼を寄せられているのだった。



 司書達の話題に上がったフェイトとはやては、

「「 ……くしゅん! 」」
「二人揃ってくしゃみ?」
「ん〜、誰か噂してるんとちゃう?」
「そうかも」

 現在バニングス邸で作戦会議中。アルフとヴォルケンリッターもいる。
 ちなみに鮫島は事情を知っているので、アルフもザフィーラも人間形態で普通に耳と尻尾を出している。

「でもな〜、ユーノ君って結構かっこええと思わへん?」
「な、何急に言い出すのよ」

 急に真顔で言い出したはやてに、アリサが戸惑い気味に聞き返す。

「確かになのはちゃんとくっついて欲しいんやけど、勿体無いとも思うんよ、私は」
「ん〜……。そう言われてみればそうかな」
「す、すずかまで!?」

 すずかはいつものほんわかムードを崩してはいないが、少し空を見上げてはやての意見に賛成した。
 それにはアリサも驚きを隠せず、眼を見開いて大声をあげた。

「……私達の周りにいる男の人って、クロノかユーノかザフィーラくらいだもんね……」

 フェイトも結構まんざらでは無いらしい。

「ザフィーラはアルフと仲良くしてるじゃねーですか」
「そういえば、最近出かける事が多くなったな」
「ザフィーラにも春がきたのね〜♪」
「な、ななななにいってんだいあんたたちはっ!?」
「……」

 三騎士がニヤニヤしながら言うのを聞いて、アルフは顔を真っ赤にしつつも言い返す。
 当のザフィーラは相変わらず無表情だが、心なしか顔が赤い気がしないでもない。

「ザフィーラはええね〜」
「……主までそのような事を仰らないで下さい」
「アルフ……羨ましいよ……」
「フェ、フェイト!?」

 フェイトから渇望の眼差しを送られ、アルフは耐え切れなくなったのか子犬フォームになって丸まってしまった。

「おーおー。愛されてるじゃねーですか」
「……ヴィータ、後で覚えておけ」
「じょ、冗談だって」

 戦闘時以外滅多に感情を表さないザフィーラのドスの利いた声に、流石のヴィータも気負いさせられ二・三歩退いた。

「てことでザフィーラはアカンと」
「クロノはエイミィと婚約してるから」
「後はユーノ君くらいしかいないね」
「あんた達ね〜……」

 淡々と状況分析を行う三人に、アリサが溜息をついて呆れる。

「そういうアリサちゃんもまんざらやないやろ?」
「なっ!? だ、誰がユーノの事なんか……!」
「ん〜? 私は別にユーノ君の事やなんて言うてへんのやけどな〜?」
「!? は、はやて〜〜〜!!」
「別に怒る事ないやんか、減るもんでもないし」
「〜〜〜っ! フンッ!」

 見事にはやての口車に乗せられたアリサが肩を震わせて怒りを露わにしたが、はやてに流され、フェイトとすずかがニヤニヤしているのでそっぽを向いてしまった。

「でも、ユーノ君はなのはちゃんの事が好きだろうし」
「そうだね。それは間違いないと思う」
「やな。結局、私らの春はまだ先っちゅう事か〜」
「あ、はやてにはアコース査察官がいるよね?」
「ん〜。ロッサは兄みたいなもんやから……フェイトちゃんとクロノ君の関係と似とるんよ」
「そっか……」

 フェイト・はやて・すずかの三人が揃って溜息をつき、アリサはまだ怒りが治まらないのかカップを鷲掴みして中身を一気に飲み干した。



 で、問題のなのははというと。

「あうぅ……」

 自身の携帯電話とかれこれ30分は睨めっこを続けていた。
 ダッシュで家に帰った後、気持ちが先走りとりあえず準備だけして、着付けは桃子がいないとできないのでまだ浴衣は壁に掛けてある。
 そんなこんなでユーノに連絡しようと携帯を開き、あとはボタンを押すだけなのだが。

「う〜……押せないよ〜……」

 よくよく考えれば、これはデートに誘おうとしているのと同義である。
 それを認識したなのはは、恥ずかしくてどうにも一歩を踏み出せないでいた。
 ユーノに直接会えば、最初はぎこちなくとも自然と言葉が出るのだが、電話をかけるとなるとまた違うらしい。

《……私がマスターユーノに連絡しましょうか?》
「ダメ! それは絶対ダメ!」
《……わかりました》

 恥ずかしくて仕方がないけど、譲れないのもまた事実。
 乙女心は複雑である。

(ユ、ユーノ君は忙しいだろうし……でもでも! 今誘わなかったらきっと後悔する……。
 後悔するのは嫌だけど……はうぅ……恥ずかしいよ〜)

 なのはの脳内では多数のなのは達が激論を繰り広げていた。
 現在は砲撃が飛び交う阿鼻叫喚の戦場と化してしまっているが。

「なのは? 入るわよ?」
「ひゃぁぁぁあっ!?」

 ポチッとな。

「……あ」

 自分の世界に入ってしまっていた為、急に部屋に入って来た桃子に驚いて上手い事発信ボタンを押してしまった。

「にゃああぁぁぁ!? ど、どうしようどうしようっ?!」

 大混乱のなのは。が、無情にも――携帯に情など無いが――コール音が鳴り続ける。

「……レイジングハートさん。なのは、まだ連絡してなかったの?」
《えぇ……その、まぁ……》

 呆れる桃子に尋ねられたレイジングハートが、また溜息をつきながら答えた。

『もしもし? なのは?』
「あっ! あの、その、えっと!? も、もしもしっ?!」

 携帯から聞こえてきたユーノの声に心臓が飛び跳ね、完璧に上ずった声で答えるなのは。

『……なのは、どうかしたの?』
「な、なんでもないよ!? 全然平気! 元気一杯!」
『そ、そう』

 空いている右手をブンブン振り回して焦りまくる娘に、桃子は思わず吹き出してしまった。
 それを見て更に顔を赤くしつつも、桃子が小声で、深呼吸しなさい、と言うのを聞いて、即座に実践したなのは。
 幾分か気持ちが落ち着いて、ようやく平静を取り戻した。

『そうだ。なのは、窓から顔出してくれないかな?』
「え? いいけど……何か見えるの?」
『うん』

 ユーノに言われ、開け放っている窓から外の景色を眺める。

「久し振り、なのは」
「え? え? ……ユ、ユーノ君!?」

 声が聞こえてなのはが下を見下ろすと、そこにはなのはを笑顔で見上げている、私服姿のユーノが立っていた。
 あまりにも予想外な事態に、なのはは力が抜けたようにへにゃへにゃと座り込んでしまった。




あとがきらしきもの

はい、懲りずにまた連載物はじめます。
だって、なのユーといえばやっぱほのぼのラブラブが一番似合うCPじゃないですか!
この二人を書くのはほんとに楽しいです。好きだな〜、やっぱり。
でも、なんで僕はこう連載物しか書けないんだろうか……。
ちなみにうちのフェイトはブラコンじゃないので、クロノは多少なりともシスコンですが(ぇ


NEXT

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