逆戻り?


「っくしっ!」
「司書長、風邪ですか?」
「ん〜、そんなことないと思うんだけど……」
「誰かが司書長の噂でもしてるんじゃないですか?」
「そうかもね」

 鼻をすすりながら、ユーノは苦笑しもって司書に答える。

「今日は請求が殆どありませんから、早めに上がって休まれた方がいいですよ」
「……そうだね。最近は忙しかったし、そうさせてもらおうかな」
「まるで嵐が通り過ぎた後の快晴、って感じですよね〜」
「あ〜、これがいつものことならなぁ」
「俺はあの鬼畜提督からいつコールが来るかと思うだけで震えが止まらないんだが……」
「やなこと思い出さすなよ。奇跡的にのんびり仕事できて定時前には帰れそうなんだぞ?」
「そうよ。今日みたいな日はほんっっっと貴重なんだから、不吉なのは忘れましょう」

 散々な言われようの悪友に1割だけ同情し、残り9割はざまあみろと心中で愚痴ってやるユーノ。
 にしても、今日は本当に請求が来ない。それに、そこまで難しくない案件ばかりだ。それらも殆ど終わっている。
 たまにはこういう日があっても良いなと、ユーノは疲れた体をぐっと伸ばす。最近は異常に忙しかったので、この日の依頼内容は非常に助かる。
 次の依頼が来ないうちにさっさと終わらせよう。一日くらい早めに終業してもバチは当たらないはずだ。それに、流石に疲れも溜まっている。

(終わらせたら部屋で一眠りして、久々に海鳴に行ってみるかな)

 うん、良い考えだ。ちょうどすずかに貸す予定の本もある。その後は、なのはに会いに行こう。メールを確認したら、今日は休みらしい。

「それじゃあ、ぱぱっと終わらせてさっさと帰ろう」
「はいっ」←勤務中の司書達

 その後は新たな依頼もなく、流れるように業務は終わり、無限書庫は実に珍しく定時より先に閉館した。



 二月。如月、絹更月、衣更月、梅見月(むめみつき)、木目月(このめつき)。実に色々と別名があり、四季が存在する日本で一番寒い月。
 気温は日中でも10℃を軽く下回り、とにかく寒い。そんな寒空の下、真っ白な雪で覆われた大きな庭園で紅茶を啜る奇妙な五人組がいた。
 当豪邸の一人娘が、せっかくの天気で綺麗な雪景色が見れるんだから家の中で縮こまってるのはもったいないじゃない! と豪語したのが事の発端である。
 辺り一面は柔らかな雪に埋め尽くされ、快晴の空に漂う太陽の光で乱反射し、白銀に輝いている中、テーブル周りだけは雪が除いてあった。
 鮫島が気を利かせてわざわざスコップで除雪してくれたのだという。どこまでも徹底した執事殿である。
 氷の張った池の傍に置かれたその白いテーブルを囲み、厚手の服を何枚も重ね着しているのか、全員がもこもこしながら談笑している。

「で、最近どうなのよ」
「? どうって?」

 で、はたから見れば明らかに珍妙な集まりの一人かつ発案者のアリサ・バニングスが隣に座っている高町なのはに問いかける。
 いきなり話を振られ、しかも要領を得ない質問に大きな目をくりくりさせるなのはは、妙ににやけついたアリサを見遣る。

「ユーノのことに決まってんでしょうが」
「ユーノ君?」

 何かと思えば、今も無限書庫で忙殺されているであろう彼のことだった。無理をしていなければいいのだが。
 まあそれはかとなく、はて? となのはは小さく首を傾げ、白い湯気の立つ紅茶を一口。流石はバニングス家お墨付きの紅茶だ。実に美味しい。

「なんでユーノ君のこと聞くの?」
「なんでって……」
「あ〜、あかんあかんアリサちゃん。聞いても一緒や」

 なのはの返答に呆れて言葉を繋ごうとするアリサに、向かいに座ってお菓子を頬張っていたはやてが手をヒラヒラさせながら口を挟む。

「夏祭りからこの方、クリスマスと正月くらいにしかなのはちゃんはユーノ君とまともに会ってないんやで?」
「……は?」
「最近まで、局の方がちょっと忙しかったんだ。色々事件が重なっちゃってて」
「そうなの? なのはちゃん」
「えっと、うん。確かに忙しかったかな、最近は特に」

 一歩間違えば命すら失いかねない仕事に従事しているというのに、あっけからんと言ってのける三人にアリサとすずかは溜息を吐く。
 全く、ここまで忙しい学生が今の日本にどれだけいるのやら。友人としては、そこまで忙しかったのなら少しくらい愚痴を零してくれても良いのに。

「あんた達ね〜……、少しは危機感持ちなさいよ。いくら能力があるからって、まだ15歳なのよ?」
「そうだよ。もう少しお休みを貰うとかしないと。それに、今は皆成長期なんだから、働き過ぎるのは良くないよ」

 アリサには睨みを利かされ、すずかには至極心配そうにされ、なのは達はぐぅの音も出ない。
 ただごめんなさいと平謝りするのであった。それを見て、アリサとすずかは二度目の溜息を吐く。

「……まあ、あんた達がこうなのは今に始まったことじゃないのはわかってるわよ。でもね、さっきも言ったけど15歳よ? 15歳!
 そんな仕事の虫やワーカーホリックみたいに働きつめるばっかでどうすんのよ。もう少しは青春を謳歌しなさいよね!」
「そう言われてもな〜。別にそこまで不満がある訳でもないし」
「むしろ充実してるというか……」
「それに、私達が頑張れば少しでも困ってる人を助けられるし……」

 アリサがまくしたてるように言っても、なのは達は大して動じる様子もなく首をひねる。
 はやては捜査官として任務を遂行する傍ら、自分の部隊を持つために東奔西走している。大変ではあるが、夢なのだ。だからそこまで苦には思わない。
 なのはもフェイトも、片や教導官、片や執務官として着実に任務をこなし、また、はやての夢を実現する為に助力している。
 そして、三人共通の想い・考えとして、なのはが口にした"人助け"に繋がる仕事だ。昨年の4月29日に起きたミッド臨海空港の火災事件でも、自分達は役に立てている。
 それだけのことができる力を、自分達は持っているのだから、それを何らかの形で役立てたい。まだ15歳の少女三人が掲げ続ける、何とも健気で壮大な目標なのだ。

「かーっ! これがゆとり教育とかで問題山積みの現代日本に生きる中学生の言うことかっ!?」
「あはは……。そ、それでもやっぱり女の子なんだし、恋の一つや二つくらいしてみたいとか……」
「あんなすずかちゃん。前にも言うたけど、そんな相手おったら苦労せぇへんて」
「はやての言うとおりだよ。は〜……、私も彼氏欲しいなぁ」
「彼氏かぁ」

 はやてとフェイトが物憂げにたそがれるのを横目に、なのははクッキーを味わいながら呟く。
 彼氏。ボーイフレンド。恋人。思えば、そんなことを真剣に考えたことなどなかった。考える必要がなかっただけだが。
 ただ、今お茶をしている四人は彼氏が欲しいのだという。フェイトもはっきり言ったのがなのはには特に以外だった。
 同じ職場(といえば語弊があるかもしれないが)で働きつめている親友も、そういった類に興味があるらしい。
 ん〜、となのははさらに考え込む。彼氏? 恋人? そんな風になる可能性のある人が、私の傍になんているだろうか。

(クロノ君はエイミィさんと結婚するんだし、ザフィーラさんはアルフさんと。アコース査察官も違う。教導してる人達も違う……)

 思い浮かべてみても、皆そういう対象としては見れない。結局残ったのは、

(ユーノ君……かぁ)

 なのはに魔法の力を与えてくれて、いつも笑顔で、自分も無理するくせになのはにばかり無理しないでと言う、優しい人。
 彼の傍にいると凄く安心できるし、離れていても、いつも背中が温かく感じる。ただ、そういった対象として見るべきなのだろうか。

「なのははどうなのよ」
「どう、と言われましても……」

 わからない。彼とは、ずっと家族のような関係でありたい。家族と恋人。その違いも、今のなのはにはよくわからない。
 むしろ、その違いを求めようとも思わない。なのはは今のままで十分なのだ。夏に母に変わることを恐れるなと言われたが、特に変わる必要もないと思う。

「ユーノ君とかどうや? 仲ええやろ、二人とも」
「ユーノ君は……家族、かなぁ。それに、皆もユーノ君とは仲良いでしょ?」
「なのはちゃんほどではないと思うけど」
「……まあ、仕事ではお世話になってるけどね」
「そう言われてみれば、私も助けられとるなぁ。リインのこともあるし」
「あー……。だめね、これは」

 はやての言葉にも、なのはは特に慌てる様子もなく答える。むしろ切り返され、はやて達は妙に納得してしまった。
 ユーノは確かに忙しいが、全く休暇がないほど忙しい訳でもない。たまに、そう、本当にたまにではあるが、アリサやすずかとも会ってはいる。
 すずかはユーノに本を貸してもらったりしているし、アリサもユーノと話をするのは好きだ。ユーノの話はアリサにしてみれば常軌を逸しているので、退屈せずに済む。
 フェイトもはやても、仕事柄無限書庫から情報提供してもらうことはままあり、その際には近況を話したりして笑い合いもする。
 考えれば考えるほど鈍感ななのはに、四人は揃って溜息をついた。

「ま、まあなのはちゃんはそう思っとるとしてや。ユーノ君はどうなんやろな」
「ユーノねぇ……。あいつ、何考えてるのかよくわかんないところがあるから」
「大人びてるし、怒ったりしないし」
「一歩引いて誰かに合わせるの、上手だよね」
「ユーノ君は優しいから。うん、すっごく優しいもん。一緒にいると安心するし、それから、料理も上手なんだよ。あと――」

 とたんにユーノについて語り出すなのは。へにゃ、と頬がだらしなく緩み、実に嬉しそうに話し続ける。
 自分の世界へと入り込んでしまったなのはを余所に、アリサたちは身を乗り出してテーブル中央で耳を寄せ合う。

「……ほんと、なんでわからないのかしらね」
「これはもう国宝級やな……今更やけど」
「ユーノはユーノで何も言わないし……」
「バレンタインも望み薄かな」
「――で、それでね、まだ、ってみんな聞いてるの?」
「あーはいはい。ユーノのいいとこはわかったからそのだらしない顔をなんとかしなさい」

 アリサが呆れて言い放つと、なのははポケットから手鏡を取り出して覗きこむ。数瞬後に慌てて頬を引き締めた。

「ほんっとにユーノのことになると脳内お花畑なんだから」
「そ、そんなことないよっ」
「どうだか」
「もう……いじわるだよ〜」
「なのはちゃんなのはちゃん」
「な、なに?」

 からかってくるアリサをなんとかかわそうとしている時、すずかがやけに良い笑顔で呼びかけてきた。
 その雰囲気に何か圧倒されるようなものを感じ、なのはは僅かに気負いさせられながらも返事をする。

「なのはちゃんは、ユーノ君を家族だと思ってるんだよね」
「う、うん」
「それから、私たちとユーノ君がなのはちゃんと同じくらい仲良いんだよね?」
「? そうじゃないの?」

 ゆったりとした問いかけになのはが当然のように答えると、すずかはん〜、と唇に人差し指を当てて考え込む。
 質問の意図がさっぱり掴めないなのはは、首を傾げてすずかの反応を待つしかない。
 残りの三人は、なにやらすずかがただならないことを考えていそうだと感じ取りつつも、いつものことかと紅茶を啜る。ちょっぴり冷めていた。

「だったら――」

 すずかがもったいぶるように口を開いた。なのはたちはのんびりとすずかの言葉を待つ。

「私がユーノ君をもらっちゃっても問題ないんだね〜」

 極々自然と、いつもと変わらぬおっとりとした口調で言葉を紡いだすずか。
 そのあまりの毒気の無さゆえか、すぐに言葉の意味をくみ取れず、頭上に?マークを浮かべる四人。
 もらう? ユーノを? すずかが? なぜ? Why? 考え悩むこと十数秒。

「「「 ぶっ!? 」」」

 フェイト・はやて・アリサはその意味を理解した瞬間、飲み込むのを忘れていた紅茶を盛大に吹き出した。

「あ、私だけじゃなくて、フェイトちゃんもはやてちゃんもアリサちゃんもなんだけど」
「……ふえ?」

 穏やかな冬の午後。平和そのものの海鳴の一角で、一つの小さな爆弾が投下された。




あとがき

とりあえず今回はここまでです。
すいません、ちょっぴりえっちぃのは次回で。……ていうか修羅場になりそう?
んまあそんなに期待しちゃだめです。うちのサーバーさんはイチハチ禁ダメですから(ぁ


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