巡航L級8番艦次元空間航行艦船"アースラ"艦橋 (管理局内)時刻17:21


「! 結界が消えます!」

 ランディが新たな情報を伝える。

「映像回復、モニターに映します!」

 アレックスも状況を伝えていく。

「これは……エイミィ、この炎は?」

 リンディがモニターに映し出された映像を見て驚く。
 それには巨大な生物が全身を炎で焼かれる様が生々しく映されていた。

「えぇっと……魔力砲撃……みたいです。魔力の出力は……S+以上です!」
「ハラオウン執務官と嘱託魔導師を捕捉しました! ……? いや、しかしこれは……」

 ランディが困惑する。
 モニターには青年の姿をしたが映し出されていた為である。

「え? あれが君?」

 エイミィが不思議に思って首を傾げる。

「……!」

 リンディは思わず立ち上がった。
 驚きのあまり声が出そうになったが、周囲に無駄な注意を引かせないためになんとか堪えた。

嘱託魔導師から魔力反応、これは……転送魔法です!」
「転送魔法……」

 リンディが呟く。
 彼は転送魔法の様な補助系の魔法はほとんど扱えない。
 しかし、今の彼は青年の姿をしているのだから、今までの考えが通用しなくなっている事にリンディは気付いた。

 直後、艦橋が光に包まれ無色の魔法陣が浮かび上がり、クロノを抱えたが現れる。
 それを見て、その場にいた全員が驚く。

「リンディさん! クロノを早く!!」

 既に少年の姿に戻っていたが大声で訴える。
 彼もバリアジャケットも傷だらけになっていたが、クロノはそれより酷い状態だという事が一目でわかる。
 ぐったりとして意識がなく、バリアジャケットはボロボロで口からは血を流している。

「急いで医務室へ! 管理局の医療施設にも至急手配を!」
「は、はい!」

 エイミィが急いで管理局に連絡する。
 既に捜索員15人分もの手配をしており、更に増える事となったので、管理局の医療施設は一気に慌ただしくなるだろう。
 傷ついた捜索員達をアースラに連れて来る任務を終え、報告の為艦橋にいたギャレットがクロノを抱えて医務室へと走って行った。
 それを見届けたは、糸が切れたように倒れてしまった。

君!」

 リンディが駆け寄って彼を抱き起こす。
 相当疲労が溜まっているのか、ピクリとも動かなかった。

《大丈夫、疲れているだけです》

 が静かに話す。

《……艦長、後で話があるんだが、聞いて貰えるか?》

 の普段と違う口調から、深刻な事態になっていた事が伺え、リンディは無言で頷く。

「全乗組員の回収、完了しました!」

 エイミィが新しく入った情報を伝える。
 艦橋に駆けつけてきた捜査スタッフにを預け、リンディは艦長席に座る。
 すぐにでも息子とが運ばれた医務室へ向かいたかったが、とにかく今は管理局に戻る事が先決となっていた。

「これよりアースラは最大船速で本局へ帰還します。中継転送ポートの準備が出来次第、重傷者を優先して転送。
 それと、新しく編成中の捜索班に、ハラオウン執務官と嘱託魔導師が最後にいた地点の座標を送って」
「「「 了解! 」」」



時空管理局緊急治療室 時刻3:42


「艦長……少し休んだ方が……」

 エイミィが心配して話しかける。

「……そうね……でもエイミィ、あなただって休んだ方がいいわ」

 眠っているクロノとをガラス越しに見つめていたリンディは、エイミィの方に振り返って答える。

「それはそうですけど……」

 クロノとは現在、医療カプセルの中で眠っている。
 中継転送ポートにクロノを、そして少し遅れても転送させてから、既に九時間半は経過していた。

 アースラは今から一時間程前に管理局に帰還した。
 かなりの強行軍であったし、それ以前の任務による疲労も重なって、アースラスタッフ全員が疲れきっていた。
 リンディとエイミィも例外では無く、二人の顔には明らかに疲労の色が見られた。

 二人は管理局に戻ると簡単に上へ報告した後、すぐにクロノとのいる緊急治療室へ向かった。
 詳細な報告については、駆け付けてくれたグレアムとリーゼ姉妹に任せる事にした。
 彼らは先程までずっとクロノとに付いていてくれており、二人の状態を逐一帰還中のアースラへ伝えてくれていたのだった。

 は詳細は不明だが、恐らく魔力の大量消費と身体へのダメージによる疲労困憊であろうという報告がなされた。
 リンディは、いや、恐らくグレアムも彼を担当した医師も本当の原因がそうでは無い事はわかっていたが、
 他言無用という事情がある為にそれを表沙汰にする事は無かった。

 クロノについては、魔力の大半を奪われた為にリンカーコアに多大な負担がかかった事と、
 身体へのダメージが非常に大きかった事で危険な状態が続いていたが、なんとか持ち直して安全ラインを確保したとの事だった。
 医師によれば、彼のバリアジャケットが非常に高性能だった事が幸いして臓器に損傷も無く、一命を取り留めることが出来たという。

 とりあえず一安心はできたが、二人ともなんらかの後遺症が出る可能性が無い訳では無かった。
 いや、それ以前にリンディにとっては、まず母親である事、そして亡き夫から託されたたった一人の息子を放って休んでなどいられなかった。

「二人は私が看ているから、あなたは休みなさい、これは艦長命令よ」

 リンディはそう言って優しく微笑む。

「……わかりました。でも、これだけは言わせて下さい。
 艦長が無茶をする事も自分を責める事も、クロノ君は……いえ、クロノ君も君も絶対に望んでなんかいません。
 それだけは……忘れないで下さい」
「わかったわ……ありがとう、エイミィ……」
「それじゃ、私はこれで……」

 そう言ってエイミィは自室へ戻って行く。


「あの子には敵わないわね……」

 そう呟いて、リンディはまたガラス越しに二人を見る。
 二人は今も医療カプセルの中で眠り続けている。
 瀕死の重傷を負ったクロノ、から聞き、結界が一つ消えかけたという

 自分を責めずにはいられなかったが、エイミィに言われた通り、二人はそれを望まないだろう。
 今のリンディにとって、二人の優しさは残酷なものでもあったが……。

 疲労を訴え続ける体を無理に押さえ込み、その後もリンディは治療室の傍を離れようとはしなかった。





――一週間後


時空管理局本局内医務室 時刻12:12


「相変わらず良く食べるな、は……」

 クロノが呆れた表情で呟く。

 二人は管理局の高い医療技術と持ち前の回復力でほぼ完治していた。
 後遺症は無いと診断されてはいるが、まだまだ安静にしていなければならない。
 しかし、は既にこの食堂で普通の人が食べる量の倍は平らげてしまっているのだった。

「ん〜……最近妙にお腹が空くんだよね……」

 そう言ってまた口に食べ物を運ぶ。

《お前の胃袋はどうなってるんだ》
「いや、どうって言われても……」
《でも、あまり食べ過ぎるのは良くないわ》
「わかってるって」

 あれだけ医療関係者が大騒ぎしたのに対して、たった一週間で普段通りに戻ってしまう辺りがとんでもないというか何というか。
 アースラが救出した捜索員15人がまだ医療施設で治療・療養中なのは触れないでおこう。


「でも、あの原生生物があれだけ凶暴化した原因が人間にあるっていうのは……」

 食事を終えて、医務室へと続く通路を歩いているが口を開く。

「仕方ない、自分の利益の事しか考えられない人間が多いから、時空管理局が存在するんだ」

 同じくの横を歩くクロノが答える。

 アースラが"ソレウト"を離れた後、新しく編成された捜索班が詳しく調査をしたところ、
 魔力廃棄物が発見され、それが"ソレウト"の原生生物に影響を与え、異常な進化を促した事が判明していた。
 その異常進化の過程で強大な魔力反応が発生したというのが、管理局の出した最終回答となった。
 あの生物は異常進化の過程で自分の周囲に通信妨害の結界を張る事も出来る様になっていたらしく、
 アースラはフィールが倒すまで状況を把握できずにいたのだという。
 ちなみに、魔力廃棄物を"ソレウト"に不法投棄した人物及び組織は既に管理局の自然保護隊によって摘発・逮捕されている。

「またあんな事が起こらないように、早くアースラに戻れるようにならないとね」
「ああ、そうだな」

 医務室の前に来て、クロノが先に中へ入る。
 すると、中にはリンディがいたのでクロノは少し驚く。

「あら、お帰りなさい」
「母さん、もう終わったんですか?」
「ええ、少し前にね。大丈夫、局長はちゃんと理解してくれたわ」
「そうですか、良かった……」

 が安堵の息を吐く。

 リンディは一時間程前に上層部と話をしに中央センターへ出向いていた。
 内容はアースラスタッフにの結界についての事を説明した件についてと、の今後をどうするかであったが、
 多少のもめごとはあったものの、前者は不問に、後者はこれまで通りとなった。
 恐らくグレアムが手を回してくれていたのもあるだろうが、
 リンディに、そしてアースラのここ一年間の功績は大変なものである事も手助けしたのは間違いない。
 但し、アースラスタッフはの結界については決して外部に漏らさない事を義務付けられた。

 結界が消えかけた原因は、の話から、の感情が影響するようである。
 更に、その時彼が危険な状況下にいた事、相手の強さが彼より上だった事からも影響があったかもしれないが、
 結局詳しい事はわからずじまいとなった。

 はその時の記憶が曖昧な様だったが、が事実を打ち明け、
 多少は困惑したものの、その事実を受け入れている。

 この結界について調べれば、自分達が何者でどこから来たのかがわかるかもしれないし、
 もし、結界を制御できるようになれたら、もっとリンディさんやアースラの皆の手助けができるかもしれない。

 笑ってそう言ったは本当に強い子だと、リンディは思った。

《迷惑ばかりかけてすまないな、艦長》
《ありがとう、リンディ……》
「いいえ、これくらいどうって事ないわ。
 それに、あなた達にも何度も助けられてるんだからこれくらいはしないとね」

 そう言って優しく微笑むリンディ。
 このデバイス達は本当に人間なのではないかという錯覚すら覚えてしまう時がある。
 それ程彼らの言葉には温かい優しさと思いやりが込められている様に感じる。

 一時でもいい、どこから来たのかもわからない彼らが安心して背中を預けられるような存在でありたい。
 そして、二度と息子をあんな危険な状態にさせはしない。
 そう強く心に誓ったリンディであった。




あとがきらしきもの

優「更新が遅れてしまいました……なんとか第七話前編を書き終えた……。
  今回はかなり四苦八苦して書いたんですが、その割りに内容が大した事無いという(泣)」
ク「所詮こんなもんだろ」
優「ひどくない!?」
ク「死に掛けた僕はどうなるんだ?」
優「いや、それは、まぁ……ドンマイ!」
ク「何がドンマイなんだ!」
優「とりあえず後編もお楽しみに〜」
ク「無視するな!」
エ「……こんなのばっかりだね……」


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