"アースラ"艦内管制室 同日 時刻6:00


 「はぁ〜……戦闘開始みたいだね……」

 エイミィが椅子に座りながら言う。

 「あぁ……」
 『今始まったよ』

 それにクロノが小さく答え、も念話で話す。

 「しかし、ちょっと珍しいよね。 クロノ君がこういうギャンブルを許可するなんて」
 「まぁ……なのはが勝つに越した事は無いけど……。 あの二人の勝負自体は、どちらに転んでも、あんまり関係無いからね」

 クロノが整髪剤スプレーを振りながら答える。

 (……関係無い……か……)

 が内心呟く。

 「なのはちゃんが、戦闘で時間を稼いでくれてるうちに、あの子の帰還先追跡の準備をしておく……ってね」
 『要するに、なのはは囮って訳か』

 が不機嫌そうに言い放つ。

 「……、今はプレシア・テスタロッサを逮捕する事が最優先事項なんだ」
 『……わかってるよ……』

 はこういう作戦が嫌いだった。
 今までも任務で局員を囮に使う様な事は何度かあったが、だからといって慣れるという訳でもなかった。
 ……別に慣れたくもなったが。

 「ま、頼りにしてるんだからね、エイミィ。 逃がさないでよ」

 スプレーをエイミィのアホ毛に吹きかけ、ヘアーブラシで梳かしながら言うクロノ。

 「おう! 任せとけ! ……あら?」

 威勢良く返事をしたエイミィであるが、先程梳かしたばかりのアホ毛がすぐ元に戻ってしまった。

 「……でも、あの事、なのはちゃんに伝えなくてもいいの? プレシア・テスタロッサの家族と、あの事故の事……」

 エイミィが両手で髪を撫でながらクロノに問いかける。

 「勝ってくれるに、越した事は無いんだ……。 今は……なのはを迷わせたくない……。 いいね? 
 『……』

 返事をせずに、は念話を切ってしまった。

 「あらら、やっぱり君ご機嫌斜めだね……」
 「仕方ないさ、あいつにこういう事は似合わないしね……」

 二人が困った表情をして顔を見合わせる。


 海鳴市内 海鳴臨海公園 同日 時刻6:01


 『……

 が心配して念話で声をかける。

 『わかってる、わかってるつもりなんだ。 でも……、なのはは民間協力者なんだ。
  いくら協力者といっても、普段は普通の女の子なのに……それを囮みたいに利用してる自分が……許せないんだよ』
 『あなたが言ってる事は正しいわ。 でも、私達はこういう事をしなければならないのを知って管理局の一員になった……』
 『それに、お前もクロノもエイミィも、普段は普通の子どもなんだ。 別にあの子だけが特別なんじゃない』
 『……そう、だね……』

 そう答えて、は今も死闘を繰り広げている二人の少女を見据える。

 『今は、出来る事をするしかないわ』
 『しっかりしろ』
 『うん、そうだね……今は悩んでる時じゃない』

 そして、はいつでも二人が戦っている所まで移動できる様に集中する。

 また次元魔法による攻撃がないという保証はどこにも無かった。


 海鳴市近海 同日 時刻6:03


 「「 はぁ……はぁ……はぁ…… 」」

 なのはとフェイトが荒い息をする。
 二人は一瞬たりとも気を抜けない、気を抜いた瞬間に負ける、一進一退の攻防を繰り広げている。

 (初めて会った時は、魔力が強いだけの素人だったのに……。
  もう違う……速くて、強い……。 迷ってたら……やられる!)

 フェイトの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、それに気付いたなのはの周りにも無数の魔法陣が発生する。

 《Phalanx Shift》

 フェイトの周囲に38基ものフォトンスフィアが生成される。

 「っ! くっ……あっ!?」

 なのはが危険を察知して身構えるが、両腕両脚を金色の輪で拘束される。

 『ライトニングバインド……! まずい! フェイトは本気だ!』
 『なのは! 今サポートを!』

 アルフとユーノが加勢しようとする。

 「だめーーーーー!!」

 それを大声で拒絶するなのは。

 『アルフさんもユーノ君も、手出さないで!
  全力全開の一騎打ちだから……私とフェイトちゃんの勝負だから!』

 なのはが念話で自分の意思を伝える。

 『でも、フェイトのそれはほんとにまずいんだよ……!』
 『平気!』


 「なのはなら大丈夫だよ、あの子に任せよう」

 アルフが飛び出して行こうとするのをが制する。

 「でも……」
 「……そうだね、なのはを信じよう」

 ユーノがそれに同意する。

 「……わかった」

 二人の、特にユーノが、アルフがフェイトに向ける信頼の眼差しでなのはを見つめていたので、アルフもなのはを信じる事にした。


 「アルカス・クルタス・エイギアス……、疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ……。 バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 フェイトが閉じていた目を開き、鋭い眼光でなのはを見据え、なのははそれを受け止めてレイジングハートを持つ手に力を込める。

 「フォトンランサー・ファランクスシフト……撃ち砕け! ファイア!!」

 フェイトが腕を振り下ろすと同時に、38基のフォトンスフィアからなのはの視界を全て奪うが如く魔力弾が放たれる。
 その全てがなのはに直撃し、巨大な爆発音と同時に発生した魔力煙がなのはを覆い尽くした。

 「なのはーーー!!」
 「フェイト!!」

 ユーノとアルフが叫ぶ。

 「……」

 は無言でそれを眺める。

 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 フェイトは息を荒げるが、フォトンスフィアを左手に集めて止めの一撃を放とうとする。

 なのはを覆い隠していた煙が風によって流され、バリアジャケットの原型を辛うじて留めているなのはが姿を現す。

 「……っ……、撃ち終わると……バインドってやつも解けちゃうんだね……今度はこっちの……」
 《Divine》

 レイジングハートの尖端に桜色の魔力が集中し四つの環状魔法陣が取り巻く。

 「番だよ!」
 《Buster》
 「はぁぁ!」

 フェイトが集めたフォトンスフィアを投げ飛ばす。
 しかし、それはなのはの放った桜色の光条と接触した瞬間に掻き消されてしまった。

 「あっ……!」

 それに驚くフェイトだが、襲い来る光条を防ぐ為にラウンドシールドを展開してそれを防ぐ。

 (直撃……! でも耐え切る……。 あの子だって……耐えたんだから!)

 強力な衝撃と魔力負荷が容赦なくフェイトを襲い、シールド越しにフェイトのバリアジャケットに傷を付けていく。

 「う……くぅっ……あぁっ……!」

 それを何とか耐え切り、疲れ切るフェイトだが、桜色の光がフェイトを照らす。

 「受けてみて……ディバインバスターのバリエーション!」
 《Starlight Breaker》

 なのはの足元に魔法陣が浮かび上がり、その中心に周囲から光が集まり、巨大な魔力の球体が生成される。

 「っ……! ぁっ! バインド……!?」

 フェイトが最後の力を振り絞って動こうとするが、バインドによって動きを封じられる。

 「これが私の全力全開! スターライト……ブレイカーーーーーーー!!」

 大出力の収束魔力がフェイトを飲み込み、海面に激突して巨大な水柱を上げる。


 "アースラ"艦内管制室 同日 時刻6:07


 「な、なんつーバカ魔力!」

 クロノがそのとんでもない魔力砲撃を見て驚く。

 「うわ……フェイトちゃん、生きてるかな……」

 エイミィが縁起でもない事を言うが、これを見れば誰もがそう思うだろう。
 まだ9歳の少女が放った収束砲撃魔法は、モニター越しで見るクロノとエイミィに強烈な印象を与えるのに十分だった。


 海鳴市近海 同日 時刻6:08


 レイジングハートの排気ダクトから魔力の残滓が排出される。

 「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ぁっ」

 大出力で魔法を放った為にかなり疲労した様子のなのはは、気を失って海へと落下していくフェイトを見て小さな声を上げる。

 《Edge Move》

 が海面すれすれでフェイトを受け止める。
 そして、なのはと同じ高さまで飛翔してなのはに微笑む。

 「お疲れ様、なのは」
 「うん……」
 「ん……」
 「あ、気付いた? フェイトちゃん……。 ごめんね……大丈夫?」
 「……うん」
 「自分で飛べる?」
 「……!?」

 フェイトが自分を抱きかかえているのがである事に気付いて頬を赤らめる。
 異性の者の顔がこんなにも自分の顔の近くにある事等、フェイトは経験した事が無かった。

 「だ……大丈夫……」

 そして、の腕の中から逃げる様に自力で飛行するのだった。

 「……?」

 はなぜフェイトが顔を赤らめているのかわからない様で、首を傾げている。

 「私の……勝ちだよね……?」

 そう言ってなのはが微笑む。

 「……そう……みたいだね……」

 それに悲しそうに答えるフェイト。

 《Put out》

 バルディッシュが自身に収納されているジュエルシードを全て出す。

 『よし、なのは。 ジュエルシードを確保して。 それから彼女を……』
 『いや、来た!」

 クロノが通信で指示を出そうとするが、エイミィの言葉がそれを遮る。

 空にどす黒い雲が突如現れ、そこから紫色の魔力電撃が放たれる。

 「!」

 それに逸早く気付いたがフェイトを突き飛ばす。

 「ぁっ……」
 (くそ、結界を解除してる暇がない!)
 「ラウンドシールド!」
 《《 Fortification! 》》

 を前に突き出し、さらに自身も両手からシールドを張り、四段重ねでバリアを張って魔力電撃を防ぐ。

 「ぐっ……つぅっ……!」

 しかし、それでも完璧には防ぎ切れず、強力な衝撃と魔力負荷が達に襲い掛かり、彼の手から血が吹き出る。

 「君!」

 なのはがそれを見て叫ぶ。

 「……!」

 自分を庇って、必死で母の攻撃を耐え凌ぐ少年を見て、フェイトは酷く心が揺れるのを感じた。
 私は彼の敵なのに、なぜ庇うのか……と。
 ようやく魔力電撃が収まった頃にはのバリアジャケットに無数の傷ができており、
 にも無数の亀裂が入っていた。

 《なんとか耐え切ったな……》
 《、大丈夫?》
 「はぁ……はぁ……なんとか……。 二人は?」
 《少しダメージを受けたけど、大丈夫》
 《これぐらいならすぐに直る》
 「そっか……良かった……。 ……なのはとフェイトも大丈夫だった?」

 が無理に笑顔を作って二人の心配をする。

 「私は大丈夫だけど……」
 「……どうして」

 フェイトが喋ろうとした時、ジュエルシードが雲に吸い込まれていった。


 "アースラ"艦内管制室 同日 時刻6:10


 「ビンゴ! 尻尾つかんだ!」

 エイミィがそれを見て凄い速さで手を動かす。

 「よし! 不用意な物質転送が命取りだ。 座標を……」
 「もう割り出して、送ってるよ!」

 エイミィがその優秀な能力を遺憾なく発揮する。


 "アースラ"艦橋 同日 同時刻


 「武装局員! 転送ポートから出動! 任務は、プレシア・テスタロッサの身柄確保です!」
 『『『『『『『 はっ!! 』』』』』』』 

 リンディが立ち上がって指示を与え、武将局員二個小隊が一斉に応答し、エイミィが割り出した座標へ転移していく。


 時の庭園 同日 同時刻


 「くっ……やっぱり……次元魔法はもう体が持たないわ……。 それに、今のでこの場所も捉まれた……」

 咳き込んで血を吐き、空間モニターに映るフェイトを冷めた視線で見るプレシア。

 「フェイト……あの子じゃだめだわ……。 そろそろ……潮時かもね……」




 あとがきらしきもの

 どうも体調がすぐれないので、今回のあとがきはありません。
 ……まぁあってもなくても一緒だと思いますが(*´・ω・`)


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