ハラオウン宅 12月9日 時刻6:07


 《、朝よ》
 「……ん〜……まだ眠い……」

 心地の良い眠りの時間の終わりを告げる、聞き慣れ過ぎた声がの耳に届く。

 《早く起きろ。 クロノ達はもう鍛錬しに行ったぞ》
 「ぁ〜……わかっ……た……っておぉぉ!?」

 更にもう一つ、聞き慣れた声を耳にしてダルそうに体を起こす。
 と、急激に回り出した頭が二人の存在を確認して、はベットから転げ落ちた。

 「……イタイ……」
 《何やってるの》
 《全く……もう少し落ち着きというのを持てないのか?》

 打った頭を右手で摩りながら、はベットの上でふわふわ浮いている二人を見上げる。
 そこにはすっかりいつも通りな待機状態の二人がいて、長年の付き合いからか、呆れ果てているのが目に見えた。

 「…………」
 《ほら、早く着替えて顔洗って来なさい》
 《朝食が冷めるぞ》
 「……」
 《?》
 《どうした?》

 いつも通り、本当にいつも通りの言葉を二人が掛けてくれている。
 唯それだけなのに、は嬉しくてしょうがなくなった。

 「おかえりー!」
 《うおっ!?》
 《?!》

 感極まったのか、朝から絶好調なは二人を鷲掴みにしてベットの上ではしゃぐ。
 と、狭いベットの上なのだから足場も勿論狭い訳で、は見事に足を踏み外してまたも転げ落ちた。

 「あだっ! 〜〜〜っ……」
 《、驚かさないで……》
 《あのなぁ……》
 「ご、ごめん、嬉しくてつい……」

 そう言って笑うに、二人が溜息を吐いている。
 でもどこか、にはその溜息から安堵のようなものが混じっているのを感じ取った。

 《一応、安静にしておくべきなんだろう?》
 「あぁ、うん。 でももう大丈夫だよ」
 《……まだ包帯が取れないところもあるでしょう》
 「大丈夫だって、二人とも心配症だなぁ。
  二人こそ、僕より酷かったって聞いたけど……」
 《私達なら大丈夫よ。 今だって普通にしてるでしょう?》
 《心配しなくてもいい》
 「そっか、そうだね。 とりあえず……おかえり、
 《えぇ。 ただいま、
 《……あぁ》

 が輝きを放って答える。
 それを見て微笑みながらは、やっぱり二人がいないとダメだな〜、と素直に感じつつ、二人を耳に近づける。

 《、どうせ外さないといけないんだから》
 「いいんだよ」
 《そう?》
 「うん、そう」

 学校に行く時はいつも鞄につけるから、確かに今耳につけてもすぐ外さないといけない。
 でも、はそうしたかった。 そうする事が、いつも通りであるという証だから。

 《相変わらずだな、
 「そりゃ、一日じゃ変わらないよ」
 《でも一日会わなかっただけなのに、随分と離れていた気がするわね》
 「今までずっと一緒だったからかな?」
 《……そうだな》

 目を覚ましたあの日から、とはいつも一緒だった。
 だから、これからもずっと一緒でいたい。 そうある事が一番、にとっての幸福に違いなかった。


 「リンディさん、おはようございます」
 「おはよう、君」
 「お、君おはよ〜」
 「おはよう、エイミィさん」

 着替えを終えて顔を洗ったは、いつものように挨拶をする。
 弁当を作ってくれているリンディと、テレビを見ているエイミィが答えた。
 椅子に座ってバターの塗られたトーストをひとかじり。

 「君、もう大丈夫なの?」

 朝食を次々と口に放り込んでいると、エイミィが顔だけこちらに向けて尋ねてきた。

 「まだちょっと痛むところもあるけど、大丈夫です」
 「そっか、なら良かったよ〜」
 「それでもあなたは大怪我したんだから、無理はダメよ?」
 「はい、リンディさん」
 「ん、よろしい。 それじゃこれ、今日のお弁当ね」
 「ありがとうございます!」

 僕の周りは心配症な人が多いなぁ、と思いながらも、それが嬉しい。
 は満面の笑みで、エプロン姿で微笑むリンディから弁当を受け取る。

 (やっぱり、お母さんってこんな感じなのかなぁ……)

 リンディを見ていると、名も顔も覚えていない母の事をつい考えてしまう。
 凄く優しくて、時には厳しくて、一緒にいると安心する。 にとってリンディは、そんな存在だった。

 「なぁに? 君」

 すると、リンディがやけに嬉しそうにしながらの顔を覗き込んでいた。

 「あ、えっと……な、なんでもないです」
 「甘えたかったらいくらでも甘えていいのよ?」

 リンディが悪巧みを思いついた子どものように笑っている。
 それを見て、には妙に嫌な予感がしてきた。

 「え? いや、そんな……」
 《やっぱりもまだまだ子どもね〜》
 《実年齢は16か18くらいだろうけどな》
 「ちょ、二人とも!」
 「君、遠慮しないで艦長に甘えちゃえ♪」
 「エイミィさんまで!」

 以外の皆――までも――が笑いながらをからかう。
 といっても、実年齢からみてもはまだ子どもと言えるのだが。

 「ほんと、うちの子達は全然甘えてくれないんだから」

 リンディが頬に手を当てて、困った表情をしつつ溜息交じりに言う。

 「そうですね〜。 クロノ君は今更だけど、フェイトちゃんも甘えませんよね」
 《エイミィもまだ16だろう?》
 「私はクロノ君に色々と世話を焼かされたからね〜。 もう子どもとは言えないんだなこれが」
 《なるほどな。 まぁクロノの世話をしていればそうもなるか》
 「そういう事」

 エイミィの言葉には苦笑しながら答え、エイミィはくすくす笑いながら話す。

 《母親としては、もっと甘えて欲しい? リンディ》
 「もちろん。 たまにはうんと我儘も言って欲しいわ。 ほんとに皆子どもらしくないんだから」
 《そうね、妙に大人なところがあるわね》

 大人達はやけに話に華を咲かせている。
 どうにも居心地の悪いは急いで朝食を食べ切り、はリビングに残して、
 歯を磨きに洗面所へと逃げるように走って行った。


 「ああなったら止まらないんだもんな〜」
 《女というのはわからないものだな》
 「……だってさっきまで混じってたじゃないか」
 《……たまにはそういう事もある》

 屋上へ向かう途中で、をジト目で見る。
 結局歯を磨いてからも話は終わっておらず、むしろヒートアップしていた。
 流石にもその会話についていけず、今は朝の鍛錬に向かっている。

 《まぁ病み上がりだ、あまり厳しくはできないな》
 「うん。 とりあえず、結界制御の練習だけやろうと思ってる」
 《……一ヵ月だぞ》
 「……わかってるよ……」

 が僅かに厳しい表情にし、何処を睨むでもなく目付きを鋭くした。


 「そう。 そこで少し魔力を左手に収束させる」
 「……っ」
 「おはよう、三人とも」
 「な……」
 「お、今日は早いじゃないか」
 「? あっ」

 に気づいたフェイトが、両の掌の上に作っていた魔力の玉を消してしまった。

 「……やり直しだな」
 「うん……」
 「えーっと……もしかして邪魔しちゃった?」
 「うぅん、そんな事ないよ」

 どうやら魔法の同時行使の鍛練をしていたらしい。
 その事を悟って少しバツが悪そうに言うに対して、フェイトはすぐに首を横に振った。

 「もう大丈夫なのかい?」
 「うん、軽い鍛練くらいならできるから」
 「ったく……の頑丈さには感心されられるよ」
 「今更だろ? クロノ」
 「それもそうだな」

 アルフは至って普通に問いかけ、クロノは右手を腰に置いて呆れて溜息を吐いた。
 が答えると、クロノは苦笑しつつも安堵の表情を浮かべる。

 「……無理したらダメだよ?」
 「ありがとう、フェイト。 もう大丈夫だから」

 心配そうな顔で真剣に言うフェイトに、は微笑みながら答える。

 《、あまり時間はないぞ》
 「わかった」
 「じゃあフェイト、続きだ」
 「うん」
 「あたしもフェイトに付き合うかな」

 フェイトとアルフがクロノに教わるのを横目で見てから、は目を閉じる。

 (もう……負けられない……)

 情けない自分に喝を入れて、結界に意識を集中していった。




 海鳴市藤見町高町家 同日 4時30分


 日本の冬は夜明けが遅い。 十二月の早朝はまだまだ暗く、太陽も沈んだまま。
 そんな時間に、なのはの部屋では携帯電話のアラーム音が鳴り響いていた。

 「……んゅ〜……」

 実に情けない声がアラーム音で掻き消された。
 もぞもぞと布団の中で身動ぎして、探し当てた携帯を操作しアラームを切る。
 いつもならそれで起きれるのだが、今日は体がベットから離れてくれなかった。

 《マスターなのは、起床時間です》
 「ぅ〜……」
 (……マスターユーノがいなくなった途端にこれですか)

 レイジングハートが心中で呟いた事には勿論気付かず、なのはが目を閉じたまま体を起こす。

 《マスターなのは、顔を洗って来てはどうですか?》
 「眠いよ〜……昨日は良く眠れなかったからかな……」
 《……マスターユーノがいなくなって寂しくなられましたか》
 「ち、違うよ!? そうじゃなくって……その……」
 《説得力が皆無です》
 「あぅ……レイジングハートの意地悪……」

 眠気なんて全力全開で吹っ飛ばす程に取り乱したのだから、レイジングハートに言われるのも無理はない。
 ユーノが昨日の朝から本局に行った為、久し振りに部屋で一人――無論レイジングハートもいるが――になった。
 それが妙に寂しくて、昨日は中々寝付けなかったなのはだった。

 (う〜……なんだか調子が良くないよぉ……)

 心中で呟き、首を傾げるなのは。
 そういった類の感情に疎いなのはに、今日の調子が悪い理由はさっぱりわからなかった。
 ふとレイジングハートを見ると、やれやれ、といった感じの雰囲気を醸し出している気がした。




 「なのは、遅いね」
 「うん、どうしたんだろ?」
 『珍しい事もあるものね〜』
 『何かあったのか?』
 「ん〜、何かあったかな?」

 とフェイトの住むマンションの前でなのはを待っている二人は、の念話での問いかけに首を傾げる。
 ここからなのはの家まではかなりの近所なので、いつもここで待ち合わせをしているのだった。
 が、今日は待ち合わせ時間から既に十分は経過している。 別に急ぐ訳でもないが、なのはが遅れるなんてかなり珍しい。
 と、フェイトは何か思い当ったように少し目を見開いて、くすくす笑い出した。

 「フェイト?」
 「そういえば、昨日はユーノが本局に行ったんだよね」
 『あらあらあら、なるほどなるほど』
 『あぁ、確かにいたな。 メンテナンス中の俺達に会いに来たぞ』
 「そうだったんだ……って、何がなるほどなのさ?」
 『それもそうだな……。 なにかわかったのか?』

 フェイトはにこにこしており、まで嬉しそうにしだして、は更に首を傾げ、も不思議そうに問い掛ける。

 『ほんと、私達の周りの男は鈍感ばっかりね〜』
 『うん……』
 『あら、フェイトには笑えない冗談だったわね』
 『え、あの、そういう訳じゃ……』
 『慌てなくてもいいわ、私はあなたの味方なんだから』
 『……』

 二人だけで念話を繋ぎ、は相変わらず楽しそうにフェイトをからかう。

 「フェイト、どうかした?」
 「な、なんでもない……」
 「?」

 いきなり顔を真っ赤にしてフェイトが俯いたので、はまた更に首を傾げ、頭の上には?マークで一杯になっている。

 『それにしても、なのはちゃんも隅に置けないわね』
 「そ、そうだね」
 「……?」
 『さっぱりわからん……』
 「うん……」

 相変わらず楽しそうなと、まだ少し顔が赤いフェイトの言葉をさっぱり理解できていない男二人。

 「フェイトちゃーん! くーん! ごめんなさーい!」
 『これが"噂をすればなんとやら"ね』

 そんなこんなをしていると、なのはの声が聞こえ、そちらを向くと随分と慌てた様子のなのはが走ってきた。

 「おはよう、なのは」
 「はぁ……はぁ……お、おはよう……」
 『大丈夫か?』
 「だ、大丈夫です……。 さんも……大丈夫だったんですね……」
 『あぁ』

 全力全開で走って来たらしく、元々運動が得意でないなのはは息も切れ切れに答える。

 「なのは、大丈夫?」
 「うん……ありがとう、フェイトちゃん……」

 フェイトに背中を摩ってもらい、ようやく息が整ってきたなのはを見て、が問い掛ける。

 「なのは、何かあった? 遅れるなんて珍しいけど」
 「あ……えっと、その〜……何かあったと言いますか……ちょっとボーっとしてたら時間が……」
 「? そう」

 今日はわからない事だらけだな〜、とまたしても首を傾げる
 ふとフェイトを見ると、やけに嬉しそうな笑みを浮かべているのが目に入った。
 なんかこう……あの目は例のリンディさんやエイミィさんに共通しているとは瞬時に悟った。

 「なのははユーノがいなくなっちゃって寂しいんだよね?」
 「ふえ? ……ふぇえええ!?」
 『そっか〜。 なのはちゃんもやっぱり女の子なのね〜』
 「ち、違うの! 違うの〜!」
 『マスターなのは、それでは肯定しているようなものですよ』
 「あうぅ……。 レイジングハート、エクセリオンになってから意地悪だよ〜……」
 『そうでしょうか?』

 満面の――でもどこか怖い――笑みを浮かべるフェイトと、そんな風に見えるとレイジングハート。
 その三人(?)にからかわれて、真っ赤なリンゴみたいになって両手をブンブン振り回しているなのは。
 はもう何が何やらで、ただ呆然とそのやり取りを見守る事としかできなかった。
 ……というより、フェイト達がなのはをからかっている理由を理解していない方が大きいのだが。

 結局、バルディッシュがバスの発車時刻が迫っている事を告げるまで、なのははからかわれ続ける羽目となった。


 「うあぁっやばい! バスが行っちゃうよ!」
 「なのは! 速く!」
 「ふええ! 待ってー!」

 バルディッシュが告げた時には、もうギリギリのところまで時間が迫っていた。
 という訳で、今日は朝から三人仲良く全力疾走。 ちなみにバスは目の前まで迫ったが、今にも発車しそうだった。
 先頭に、少し離れてフェイト、そして結構離れた所には先程の疲れもあっておまけに走るのが苦手ななのは。

 「あぁもう! 魔法が使えたら一瞬なのに!」
 『そんな大声でその言葉を口にするんじゃない』

 が叫んだのと同時にバスが発車……と思ったら、しかけのところで停車してくれた。

 「ぜーはーぜーはー……」
 「ま、間に合った……」
 「す、すみませ〜ん……」

 三人がバスに駆け込み、運転手に謝る。
 すると運転手は笑いながらバスの後席を指差しただけで、すぐにバスを発車させた。
 三人が指差された方向を向くと、

 「……ったく、朝から慌ただしいわね」
 「三人とも、大丈夫?」

 明らかに不機嫌なアリサと、いつものマイペースなすずかがいた。


 「で? なんで私がわざわざ運転手さんに断り入れなきゃいけなかった理由を話して貰いましょうか?」
 「……なんで最後は敬語?」
 「そんな事はどうでもいいでしょーが! ……って、なんであんた包帯巻いてるのよ」
 「ほんと。 怪我でもしたの?」

 髪を逆立ててまで怒るアリサが、の腕や脚に包帯が巻かれているのに気付いて尋ね、すずかも首を傾げる。

 「あぁ……えーっと……これは、その……(やばいな〜、何も考えてなかった……)」

 が困った表情をして頭を掻きながら考える。
 体も殆どいつも通りに動くので、つい失念してしまっていた。

 「……なんか隠してるわね」
 「そ、そんな事ないって!」
 「慌てるなんて余計に怪しいわよ」
 「うぐっ……」
 『この子も相変わらず強いわね〜』
 『9歳とは思えんな』
 『呑気な事言ってないで二人も何か考えてよ……』

 なんていうか、本気で一生掛かってもアリサには勝てそうにない、そう思う
 は相変わらずアリサに感心するだけで、自分で考えろと言わんばかりだ。
 横を見ると、なのはとフェイトが心配そうにこちらを見ている。

 『ど、どうしよっか』
 『どうしようって……』
 『アリサちゃん、凄く鋭いから……』

 フェイトもなのはもお手上げらしい。

 「まぁ……ちょっと階段から落ちちゃって……」
 「……あのね、今時そんなありきたりな言い訳5歳児にも通じないわよ」
 「ぅ……」

 ますますもってやばい。 とはいえ、民間人であるアリサやすずかに魔法の事をばらす訳には当然いかない。
 両手で頭を抱えて悩みまくるを見て、救いの手を差し伸べたのはすずかだった。

 「アリサちゃん、きっと言いたくない事なんだよ」
 「そんなの見りゃわかるわよ」
 「だったら……」

 すずかの出してくれた助け舟に心底感謝しながら、アリサにここぞとばかりに言おうとする
 しかし、その時に見たアリサが悔しそうに唇を噛み締め、手をぎゅっと強く握っているのを見て、は言葉を詰まらせた。

 「私はね、友達に何か隠し事されるのが大っ嫌いなのよ」
 「アリサちゃん……」
 「アリサ……」

 アリサのトーンの下がった声に、なのはとフェイトは思わず彼女の名を口にする。
 特になのはは、PT事件の際に魔法が原因で喧嘩をしてしまっていたので、悲しそうに俯いた。

 「……ごめん、アリサ。 今はその……まだ言えないんだ」
 「……」

 押し黙ってしまったアリサに、は真剣な表情で伝える。
 これからもずっと言えないかもしれないが、今は確実にまだ言えなかった。
 言うとするなら、せめて今抱えている"闇の書"の問題を解決してからという事になるだろう。

 「アリサちゃん……」
 「あぁもぅ! わかったわよ! 辛気臭いったらありゃしないわ」

 すずかにまで心配そうに見られて耐えかねたのか、アリサが大声を張り上げる。
 その事になのは達が苦笑しつつも、なんとか許してくれたらしいと、はほっと一息ついた。

 「でもね!」
 「は、はいっ」

 安心していたところで、急にビシッと指を指されて驚いたが、素っ頓狂な声をあげて返事をした。

 「今日は許してあげるけど次にこんな事があったら絶対に話して貰うわよ! いい?!」
 「りょ、了解!」
 「ならいいわ。 さて、この私に心配かけたんだから、今日は放課後付き合って貰うわよ」
 「へ?」

 捲くし立てるように言われて無意識に背筋を伸ばして答えたは、次のアリサの発言にまたも気の抜けた返事をした。
 ちなみに、アリサの"付き合う"という言葉にフェイトがやけに反応したが、それに気付いたのは相変わらずにこにこしているすずかだけだったりもする。

 「へ? じゃないわよ。 あんた、学校が終わったらすぐ家に帰っちゃうじゃない」
 「あぁ……その、色々とやる事が……」
 「やる事って、勉強してる訳じゃないでしょうに」
 「いや、それはそうだけど……」

 ちなみに、は学校が終わるとすぐに帰って鍛練漬け。
 勉強なんてそっちのけで、だ。 だから学校の授業では頭を抱える羽目になっているのだが。

 「とにかく、今日は付き合いなさい! いいわね!?」
 「……はい」
 『も尻に敷かれすぎね〜』
 『……なんでそんなに楽しそうなんだ?』
 『楽しいんですもの、文句があって?』
 『……別に』

 いつの世も、女は男より強いのだった。




 海鳴市都市部 同日 時刻3:21


 「じゃあ鮫島。 終わったら連絡するから」
 「かしこまりました」

 リムジンから降りた達。 アリサが執事の人と話している。
 結局、学校が終わったらすぐに荷物をまとめて、僕は――多分逃げないようにだろうけど――アリサに引き摺られてリムジンに放り込まれた。
 フェイトとなのはとすずかも一緒。 今日はフェイトの機嫌がなんだか悪い気が……今もどこか拗ねているような気がする。

 「さて、つまんない学校も終わった事だし、パーっと遊びましょうか!」
 「つまんないって……」
 「だって簡単すぎるのよ、嫌でも退屈になるわ」
 「あ〜そう……」

 はあの授業が簡単なのか、と頭を抱えたくなった。 どうも勉強というのは、つくづく自分には合っていないらしい。
 そうこうしているうちに、僕らは大きなデパートの前まで来ていた。

 「アリサ、遊ぶってどうするのさ?」
 「決まってるわ。 買い物よ!」
 (買い物で遊ぶ……?)

 は今日何度目かの首を傾げる。

 「あ、私丁度欲しいものがあったんだ」
 「……私も」
 「私もだよ〜」

 だが、フェイト達は満場一致で賛成らしい。

 「買い物って……皆お金持ってる?」
 「、私とすずかを誰だと思ってるのよ?」
 「お金の事なら心配しなくて平気だよ〜」

 僕の問い掛けに、アリサとすずかが財布から金色のカードを取り出した。
 ……まだ9歳の子どもにそんなもの持たせていいのか?

 「そう……」

 なんかもう突っ込む気力もなくなってきただった。



 女性は話をしだしたら止まらないものだと思っていたが、事はそれだけに止まらないらしい。
 もう二時間近く、あれを見てはそれを見て、これを見てはどれを見て。
 なんかもうエンドレスに続きそうなアリサ達の品定めには深い溜息を吐いた。
 ちなみに、の両腕はアリサ達の買った物が入った袋で一杯である。

 『……』
 『どうした?』
 『僕、場違いじゃないかな?』
 『……荷物持ちとしては十分だと思うぞ』
 『あぁ……そうだね』

 といえば、今はフェイトの鞄にくっついて、念話でフェイトとなのはとお喋りをしている様子。

 「君……?」
 「?」

 不意に後ろから声をかけられてが振り向くと、そこには車椅子に乗った少女がいた。

 「はやて?」
 「あ、覚えててくれたんか〜」
 「うん、久し振り……なのかな?」
 「ん〜、どないやろ」

 が頭を掻きながら言うと、はやては笑いながら答えた。

 「はやて、もしかして一人?」
 「そうや〜。 家の皆は出かけてしもたから、たまには一人でお買い物や」
 「あはは……そう」

 はやても買い物ですか……、とは顔が引き攣るのをはっきりと感じた。



 「これなんかいいんじゃない?」
 「ん〜……こっちは?」
 「え〜、こっちの方が良いよ〜」
 「私は……」

 四人の、間違いなく美がつく少女達がアクセサリーを見て言い合っている。
 フェイトはふと目に入った銀のロケットペンダントを手に取る。
 そして、細かなところに凝った細工の施されたそのデザインがとても美しかった。

 『フェイトはそれが気に入ったの?』
 『うん……凄く綺麗……』
 「あ、フェイトのそれいいな〜」
 「ほんと。 フェイトちゃん、つけてみたら?」
 「うんうん」
 「じゃあ……どうかな?」
 「「「 わぁ〜 」」」

 こういうところは実に少女らしいというか。
 子どもっぽく声をあげて、なのは達がフェイトを見つめる。

 「なかなか似合ってるじゃない」
 「可愛いよ〜」
 「あ、ありがとう……」

 視線を浴びる事に慣れていないフェイトが、頬を少し赤くする。

 「フェイトちゃん、君にも見て貰ったら?」
 「え? う、うん……」

 すると、すずかが笑顔でフェイトに勧めて、フェイトは更に頬を赤に染めつつも頷く。
 このペンダントをつけた自分の姿を、に見て欲しかった。

 「……?」

 の方を見ると、が車椅子に乗った少女と楽しそうに話していた。
 それを見た瞬間、胸が痛むような錯覚を覚えて、フェイトはぎゅっと胸のあたりに添えていた手を握った。


 「それにしても凄い荷物やね〜」
 「へ? あぁ……うん、まぁ」

 はやてが気になっていた事を尋ねると、は困ったように苦笑した。

 「それ、全部君が買ったん?」
 「いや、これはね……」

 が指差す方向を見ると、四人の少女が目に入った。
 皆が聖祥小学校の制服を着ており、その中にはすずかの姿も見つけた。

 「あ、すずかちゃんやんか」
 「うん。 僕は荷物持ちってとこ」
 「あはは、それは災難やね」
 「まぁ……ね。 すずか〜」
 「あ……」

 がすずかの名を呼び、四人がこちらに歩いてくる。
 と、そこではやては、以前すずかの携帯で見せて貰った少女を見つけた。

 「はやてちゃん、来てたんだね」
 「う、うん、そうなんよ……」
 「すずかちゃん、もしかしてこの子って」
 「前紹介してくれるって言ってた子じゃない?」
 「うん、八神はやてちゃんだよ」
 「は、はじめまして。 八神はやていいます」
 「アリサ・バニングスよ、よろしくね」
 「高町なのはです。 仲良くしようね、はやてちゃん」
 「……えっと……」
 「フェイト?」

 が首を傾げる。 フェイトがかなり動揺しているように見えたからだろう。
 はやてがすずかを見ると、どこか困ったような表情で、申し訳なさそうにしていた。

 「あの……フェイト・テスタロッサです……」
 「フェイトちゃんか、ええ名前やね」
 「え?」

 意を決して話しかけると、フェイトは随分と驚いた様子で目を見開いた。
 見れば見る程、ほんまにお人形さんみたいやな、と少し悔しくなったが。

 「私の事ははやてでええよ。 よろしくな、フェイトちゃん」
 「う、うん……。 よろしく……はやて」


 どうやら修羅場にはならずに済んだらしい。
 流石にここにはやてがいるとは思わなかったすずかはかなり心配だったが、ほっと一息ついた。

 「フェイトちゃん。 ほら、君に見て貰わないと」
 「ぁ……うん。 えと……その……」
 「?」

 するとすずかは、フェイトがペンダントをつけている事に気付いていないを見兼ねて、フェイトを後押しする。

 「あの……、これ……似合ってるかな……?」

 フェイトが耳まで真っ赤にして、に見て貰おうと少しだけペンダントに触れた。

 「綺麗なペンダントだね。 うん、すっごく似合ってるよ、フェイト」
 「あ、ありがと……」

 すると天然故か。 物凄いストレートに思ったままのの感想を聞いて、フェイトは煙が出そうなくらいに真っ赤になった。
 それを見てなのはが心配そうにフェイトに尋ね、アリサがやれやれといった風にしているのをくすくす笑いながら見るすずか。
 と、はやてが少し俯いて、ぅ〜……、と唸っているのを聞き、はやての車椅子に引っかけてある袋に気付く。

 「はやてちゃんは何か買ったの?」
 「あ〜……まぁその……ブローチとかやね」
 「へ〜、どんなの?」

 すずかの問いにはやてがどもりつつも答え、アリサが尋ねたので、はやては袋の中からいそいそとブローチを取り出す。

 「わぁ〜、可愛いブローチ。 はやてちゃん、つけてみせて〜」
 「う、うん。 ちょっと待ってな」

 なのはが目を輝かせてはやてに言うと、はやてが胸の辺りにそのブローチをつける。

 「はやても似合ってるな〜。 ブローチもはやてに良く合ってるね」
 「そ、そうか? おおきにな」

 今度ははやてが耳まで真っ赤になって、フェイトが落ち込む番になった。
 それを見てまたなのはが慌てて、アリサがニヤニヤしだし、すずかは満面の笑みを浮かべ、原因のはさっぱりわかっていない。

 (すずか、やるわね。 これは面白くなってきたわよ)
 (二人ともわかりやすいから♪)

 アリサとすずかが小声で話す。 それはもう楽しそうに。

 『すずかちゃんも大したものね、面白くなってきたわ〜。 リンディとエイミィにも話さないとね』
 『……はぁ』

 の言葉を聞いて、は心中で盛大に溜息を吐いた。




 あとがきらしきもの

 優「さぁさぁ六話後編は日常のほんわかムードで全力全開だあああ!!」
 「テンション高いなぁ」
 優「おうよ! この強引なご都合主義を見よ! なぜかここでフェイトとはやてのはち合わせだっぜ!」
 ア「原作だともう少し後の筈よね」
 す「まぁ、おもしろいからいいんじゃないかな?」
 フェ「面白くないよ……」
 はやて「そうやで、ライバルの登場やな〜……」
 フェ「ピクッ」←過剰に反応
 は「ふふふ……」←怖い笑み
 な「ユーノ君、元気かな〜……」←無意識に独り言
 優「いやーいいね! 恋せよ乙女!」
 「……?」
 終われっての


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