第117管理外世界"デゼルト" 同日 時刻16:42


 超高温の熱砂が全てを覆い尽くす死の世界。
 生物が生きていくには余りにも過酷過ぎる砂漠。
 陽が容赦無く照りつけ、乾き切った大地が悲鳴をあげるかの如く大気が揺らめいている。

 地獄ともとれるこの世界に、一つの魔法陣が展開。
 バリアジャケットを身に纏い、右手に漆黒の剣を、左手に純白の槍を携えた、一人の少年が姿を現した。

 「……やっぱり移動してるか」

 が辺りを見回してから、表情を厳しくして呟いた。

 《仕方ないわね。 あれだけの戦闘をしていたら無理もないわ》
 《だが、魔力の残滓ははっきりと残っている。 急ぐぞ》
 「わかってる!」

 の言葉を聞き、飛行魔法に魔力を集中、熱砂を蹴って空へと飛翔する。

 (……っ! 間に合え……!)

 手遅れになる前に、少しでも速く。
 乾いた唇を噛み締め、灼熱が如き大気の中を一筋の矢となって翔け抜けて行った。


 フェイトのプラズマスマッシャーとシグナムの飛竜一閃が激突、両魔力が反発し合って魔力爆発を伴い相殺する。

 「はああああああっ!!」
 「ああああああっ!!」

 射撃直後に飛翔していた両者がカートリッジをロード、魔力の塊となった己のデバイスを相手へと叩き込んだ。
 ほぼ互角の破壊力。 しかし、僅かにシグナムの力が上回り、フェイトが体勢を崩す。

 「くっ……!」
 「貰った!」

 その隙を歴戦の猛者が逃す筈も無く、シグナムが渾身の斬撃を見舞う。
 薄い装甲のフェイトが烈火の如き一撃をまともに喰らえばひとたまりも無い。

 「っあぁ!」

 ここでやられる訳にはいかないと、フェイトが空中で体を捻り、バルディッシュの柄でレヴァンティンを受け流す。
 だが、既に振り落とされた刃を完全には流し切れず、フェイトの左足を掠めた。

 「フォトンランサー!」
 《Photon Lancer Multishot》

 シグナムとの初対戦時、堅固な鎧の前に全弾を阻まれた射撃魔法。
 しかし、それでもフェイトにとっては長年使い続け、勝手を知り尽くしているからこそ信頼する魔法。
 生成から発射までの時間なら、強化型のプラズマランサーを上回り、汎用性も現時点ではそれを越える。
 体の周囲にフォトンスフィアを生成、バルディッシュを振り抜き一斉に射出、シグナムを狙う。

 「ちっ……」

 気付いたシグナムがその速度に舌打ちをしつつも、左手でパンツァーシルトを展開して防ぐ。
 四つの魔力弾がシールドと接触しては爆発し、魔力煙で視界を奪う。

 「この程度!」

 視界を奪われた事で生じた一瞬の間もものともせず、シグナムが魔力煙から飛び出してフェイトへと肉薄する。

 「いくよ、バルディッシュ!」
 《Plasma Lancer Remote Placement》

 だが、その刹那の間を衝き、フェイトがバルディッシュを介して攻撃の布石を敷いた。

 《Photon Lancer Full Auto Fire》
 「姑息な真似を!」
 《Panzergeist!》

 バルディッシュの尖端から連続発射された魔力弾を、身に纏わせた魔力の鎧で弾き飛ばしながら突貫するシグナム。

 「!?」
 
 クロスレンジまで接近し、レヴァンティンを振り下ろしたシグナムは驚愕する。
 斬撃は熱せられた大気を断ち切っただけで、そこにフェイトの姿は無かった。

 「貫け! 雷槍!」
 《Fire》
 「なっ?!」

 シグナムと接触するまで、余剰魔力を高速移動の為に溜め込んでいたフェイトは、一気にシグナムの死角に回り込んだ。
 シグナムがそれに気付くより早く、遠隔配置していた魔力槍をシグナムの周囲八方向から一斉射。
 驚愕するシグナム。 が、それでも怯まない烈火の将は残り少ないカートリッジを使用し、レヴァンティンに炎を纏わせる。

 「レヴァンティン!」
 《Sturmwellen!》

 八つ全ての弾道を見切った、的確且つ最小限の動きで回避し、業火が如き衝撃波で雷の槍を叩き落す。

 「これで!」
 《Blitz Action》

 だが、流石に時を同じくして突撃してきたフェイトの攻撃を完全に回避できなかった。

 「ぐっ……」

 疾風のように吹き抜ける戦斧の一撃を鞘で受け止めるが、反応が遅れて左腕を僅かに斬りつけられた。


 「……まだか……!」

 実際にはかなり高速で移動しているのだが、それでも焦りが募って遅く感じる。
 徐々に魔力の反応が強くなってはいるが、思ったより距離が離れていた。

 《非常用だったからな。 位置が多少ずれたか》
 《ええ……それに、通常使用より転移に時間もかかった》

 管理局のトランスポーターは総じて高性能だが、緊急時に応急として使用する物まで常時程の性能とはいかない。
 クラッキングも受けていた為、転移座標に誤差が生じ、時間も若干ではあるが多めにかかっていた。

 「くそ……っ!?」

 が更に加速しようとした時、前方の隆起している熱砂の山から異形の物体が襲い掛かってきた。

 「ちぃっ……こんな時に!」

 舌打ちし、でそれを弾き飛ばす。
 すると、先程モニターでシグナムが戦っていた、竜のように長大な体を持つ原住生物がけたたましい咆哮をあげながら姿を現した。

 《……厄介だな、これは》
 《でも、ここで時間を食う訳にはいかないわ》
 「一気に……片付ける!」

 二人の柄を握り締め、縄張りを侵され怒り狂う原住生物を睨み付ける。
 特大の咆哮をあげながら、原住生物が触手でを捕らえようとする。

 「同じ事をっ!」
 《Edge Move》

 クロノやフェイトに比べれば圧倒的に遅い攻撃を十八番の移動魔法で回避し、原住生物へと一気に超至近距離まで詰める。

 「貫けっ!」
 《Fiercely Penetrate》

 に渾身の魔力を込め、原住生物の巨大な眼へと突き立てる。
 眼を潰され、激痛に咆哮を吐き出す原住生物を更に睨みつけ、へと魔力を集中させる。

 「邪魔を……」
 《Force》
 「するなあああぁぁぁぁっ!!」
 《Bulitt》

 眼に突き刺したままのから、威力を強化した魔力弾を連続発射。
 いくら外皮が堅固な生物でも、体内から叩き込まれてはひとたまりも無い。
 脳に該当する部位に直撃を受けたのか、原住生物は断末魔の叫びで天地を揺るがした後、巨大な轟音と砂柱を立てて倒れ込んだ。
 まだ多少痙攣してはいるものの、眼から光を失った原住生物はその巨体を熱砂に横たえて絶命した。

 「くそっ!」
 《急ぐぞ!》
 《二人とも、焦らないで。 焦っては冷静な判断力を失うわ》
 「……っ!」

 倒した原住生物には目もくれず、はまた高温の大気の中を突っきる。
 の言葉に耳を傾けつつも、焦りが募るばかりのはまた加速した。
 頭の中で木霊する、間に合わない、という根拠も無い、だが、やけにはっきりと聞こえる声を振り払うように。


 「おおっ!」
 「はあっ!」

 シグナムとフェイトが空中で斬り結び、熱砂に着地した。

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 先程負わされた左腕の斬り傷から血が滴り落ちる。

 (ここにきて、尚速い。 眼で追えない攻撃が出てきた……。 早めに決めないと不味いな)

 射抜くような眼光を更に鋭くし、剣と鞘を交えた構えを取るシグナム。


 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 シグナムより息のあがっているフェイトの左足に、二つの斬り傷。
 現状に於いては、フェイトが僅かだが劣勢といえるだろう。

 (強い……。 クロスレンジも、ミドルレンジも圧倒されっぱなしだ……。
  今は、スピードで誤魔化してるだけ。 ……まともに喰らったら、叩き潰される!)

 凛とした表情も厳しさを増し、フェイトが光刃の鎌へと変形している愛杖を構える。


 (シュツルムファルケン……当てられるか?)

 (ソニックフォーム……やるしかないかな……?)


 両者が諸刃の刃ともなり兼ねない決め技を行使するか思考を廻らせつつ、相手の出方を伺う。

 熱砂と太陽が灼熱地獄の様相を呈している中で両者が睨み合いを続け、一触即発の雰囲気が否応無しに漂っている。

 「「 っ! 」」

 フェイトがほんの僅かだが先に飛び出し、シグナムも答えるように熱砂を蹴った。


 「……捉えた!」
 《間に合ったか……?》
 《!? まずいわ!》

 ようやくフェイトの姿を視認し接近する、が。

 「ぅぁっ?! ああああぁあぁぁあぁぁっ!!」
 「フェイトーーーっ!」

 仮面の男が一足早かった。
 フェイトの悲鳴と共に、仮面の男の手中には金色に輝く小さな球体、リンカーコア。

 「貴様あああぁぁぁぁぁっ!!」

 それを見たの怒声が周囲に響き渡り、一気に加速して仮面の男に突貫する。
 仮面の男はそれを軽々と避け、シグナムの傍に高速移動した。


 「フェイト! フェイト!」

 以前剣を交えた少年が、先程まで自分と命のやり取りをしていた少女を抱えて必死で呼び掛けている。

 「……テスタロッサ」

 何故か名を呼んでしまった少女は、敵だ。
 倒さなければならない、目的を果たす為の障害でしかない、思惑が相容れぬ。 それが"敵"。

 「さあ、奪え」

 シグナムは、相変わらず目的がはっきりとしない仮面の男が持つリンカーコアに眼を遣る。
 あの少女のリンカーコアなら、闇の書のページも一気に埋まるだろう。
 直接戦ったのだから、それくらいは分かる、だが……このやりきれない気持ちは何だ。
 敵に情でも沸いたのか。 あの少年に情などと嘲笑ったのは他でもない自分ではなかったのか。

 「……烈火の将よ。 己の成すべき事を忘れたか?」

 そうだ、闇の書の完成以外に成すべき事など無い。
 主はやてを助ける。 苦しみ、このままでは死の未来しかない、優しく健気な主を助けるのだ。
 その為に騎士の誇りを捨て、主と交わした唯一の誓いすら破ってここまで来た。

 「……」
 「行け。 あれは引き受けよう」

 シグナムがリンカーコアを受け取り、もう一度己が敵を見る。
 凄まじい殺気があの少年から生々しくすらある程、放たれていた。
 初めて対峙した時を遥かに上回る殺気が、少年の射殺すような眼光と共にシグナムを襲う。
 これ以上は考える必要もないと切り捨て、シグナムは次元転送の術式を組み立てる


 「ま……て……」

 が強固さと温度耐性を併せ持つバリアで寝かせたフェイトを覆った後、ゆっくりと立ち上がる

 《、落ち着け》
 「まてよ……」

 の声に耳も傾けず、ただ眼前に映る敵を見据える
 シグナムが次元転移しようとするのを確認したが、死んだような眼を見開く。

 「フェイトのリンカーコアを……返せえええぇぇっ!!」
 《!》

 の声も届かず、絶叫と共にがシグナムへと突貫する。
 が、それを仮面の男が許す筈も無く、シグナムの前に立ちはだかってを弾き飛ばした。

 「あああああぁぁぁぁっ!!」

 もう怒りしか今のには存在しない。 目的は一つ、目の前の敵を消し飛ばす。
 第一結界が凄まじい勢いで解除され、第二結界まで解除されようとする。

 《!?》
 《! 急げ!》
 《くっ……!》

 の本体が輝き、の結界を破壊しようとする魔力を抑える。

 《ぐぅっ……!》
 《駄目、第二までしか抑えられない……!》

 異常な程に流れ込んでくる魔力を抑えきれず、が悲鳴をあげるかのように軋む。


 が眩い光に包まれようとした時、仮面の男が一枚のカードを取り出した。

 「……ストラグルバインド」

 突如を幾重もの青い縄状の魔力鎖が縛り付ける。
 バインドが溢れる魔力を抑え、を包み込んでいた光が徐々に弱くなっていく。

 「……お前は」
 「!」

 このまま抑え込めると思っていた魔力が更に膨れ上がり、カードを使ってまで効果を高めた魔力鎖が千切れていく。

 (馬鹿な……あれを力技で振り解く気か)

 仮面の男は柄にも無く動揺しているのをはっきりと自覚した。
 今ならまだ転移する為の時間も十分ある。 暴走するあの少年を相手にするのは流石に危険だ。

 (今の内に退くか……)

 次元転送の術式を高速で組み立てていく、その時。

 「逃がさない……!」
 「!?」

 一瞬の内にバインドを引き千切り、青年の姿に戻った少年が目の前にいた。

 《Aggressive Break》

 深く沈んだ体勢から斬り上げられる魔力斬撃を辛うじて避け、魔力弾を乱射して距離を取る。

 (速過ぎる!)

 近接戦闘を得意とする自分が、スピードで負けるとは。
 乱射した魔力弾も大した時間稼ぎにならず、青年が一気に肉薄してくる。

 (……本気でいくしかないか)

 姉以外に本気を出すのは随分と久し振りだが、もうそんな事を気にしている暇は無かった。

 「ああぁっ!」

 上空へと飛翔し、仮面の男の直上から急降下、で突貫する。
 仮面の男の防護服を掠め、が熱砂へと突き刺さった。

 《Force Bulitt》

 刺さったままのから十の魔力弾を放ち、砂の中を進ませる。

 「っ」

 仮面の男が足元から襲い来る魔力弾に反応し、高速飛行で回避しながら魔力刃で撃墜していく。
 その最中に別の魔力刃とバインドを遠隔配置、敵が罠に掛かるのを待つ。

 (……いけ)

 青年の機動を先読みし、配置していたバインドと魔力刃を一斉に撃ち出す。
 バインドが絡み付き、動きを止めた青年に無数の魔力刃が次々と直撃した。
 轟音が周囲に響き、魔力煙が青年を包み込み、追撃の砲撃を放つ為右手に魔力を収束させる。


 フェイトの悲鳴を聞いてから、耳に聞こえてくる、知り過ぎた声。
 殺せ、敵を、殺せ。 際限無く頭に響き続ける言葉。
 そして脳裏でフラッシュする人影、映し出される戦場、血の臭いと手に残る感触。

 「うああああぁぁぁぁっ!!」
 《Strike Burst》

 絶叫と共にが巨大な爆発音を伴って仮面の男へと突撃。
 仮面の男が無言で収束させていた魔力砲撃を放ち、青い光がを飲み込む。
 が、透明の魔力光に包まれたは収束砲撃をものともせずに突っ込んだ。

 「なっ!?」
 「ぁぁぁぁぁあああああっ!!」
 《Fiercely Penetrate》

 収束魔力を全て弾き飛ばし、仮面の男へと魔力を注ぎ込んだで烈突する。
 仮面の男が忍ばせていたカードを使用し、生じさせた魔力の渦で一点突破を防ぐ。
 槍に込められた圧倒的貫通力を誇る魔力と、鉄壁の盾と化した魔力渦が激しくぶつかり合い、凄まじい火花を散らす。

 「ぐっ……(防ぎ切れない……!)」
 「貫けええええぇぇぇぇぇっ!!」

 が激しい衝撃と共に魔力渦に沈んでいき、尖端が貫通した。

 「これでぇっ!」
 《Force》
 「!」

 それ以上の進行を何とか食い止めている仮面の男が驚愕する。
 槍の尖端部に魔力が収束して球体を生成し始めた。

 (至近距離で砲撃!?)

 これは避けなければ不味い。 直撃を受ければただでは済まないだろう。
 脚部に魔力を収束させ、多少の負傷は覚悟で強制離脱を図る、が。

 「なにっ?!」

 青年の持つ漆黒の剣が黒い鎖で仮面の男を拘束した。

 「消し飛べえええええええええええっ!!」
 《Blaster》

 叫び声と無機質な声が同時に聞こえ、目の前に収束・肥大化した破滅の魔力が轟音と共に放たれた。
 射線上に存在した熱砂の山に白銀色の破壊光が直撃、荒れ狂う魔力波が熱砂を吹き飛ばし、巨大な砂柱を撃ち上げた。
 跡に残ったのは、抉り飛ばされた熱砂がクレーターのように口を開けた広大な窪みだった。




 あとがきらしきもの

 優「遅くなって本当にごめんなさい_○__」
 ク「いくらなんでも遅過ぎだ」
 優「……返す言葉もありません」
 ユ「まあまあ、今更言っても仕方ないじゃないか」
 優「うぅ……。 遅くなったのはほんと申し訳ないです(*- -)(*_ _)ペコ
   それと、シグナムとフェイトが戦った世界の名前は管理人が勝手に決めたものですので」
 フェ「"Remote Placement"の訳は"遠隔配置"です」
 優「……ネタが浮かばなNEEEEEEEEEEEEEEE!?」
 「浮かばなくていいから」


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