アースラ艦内会議室 12月10日 時刻20:51 「フェイトさんは、リンカーコアに酷いダメージを受けてるけど、命に別状は無いそうよ」 会議室に集まった者達全員に、リンディがフェイトの容体を告げた。 「私の時と同じように、闇の書に吸収されちゃったんですね……」 なのはが自分の時の事を思い出しながら言う。 あの苦しみをフェイトも味わってしまったのだと思うと、胸が痛んだ。 自分の体を、内側から得体の知れない何かに抉られるような感覚は、忘れようの無いものだとなのはは思う。 「ええ……。それから、君は結界に大きな負荷がかかって、体力と魔力も相当消耗しているらしいの。 でも、危険な状態という訳ではないから、安静にしていれば大丈夫だそうよ」 「フェイトもも、無事で良かったよ……」 リンディの話を聞き、アルフが大きく安堵の息をついて呟く。 なのは達も、アルフにつられてか少し表情を緩めた。 「アースラが稼動中で良かった。なのはの時以上に、救援が早かったから」 「だね」 クロノの言葉に、リーゼロッテが頷きながら同意する。 アースラを含む次元航行艦船には、総じて高性能なトランスポーターが搭載されている。 管理内から管理外までをカバーする為、中継ポートからかなり離れた次元世界で任務を行う事も当然ある。 元より、管理外世界まで管理局が赴かなければならない程の事件は起こり辛いので、中継ポートの数もそれに伴って減る。 無論、パトロールで付近を通過する事も当然あるが、管理外世界で次元干渉レベルの事件が起こる事は比較的珍しい。 その為、アースラのような次元航行艦船には高性能トランスポーターを備える事が必須となる。 もしそれがなかった場合、負傷者が出てもすぐに本局等の高い医療技術を持つ施設へ送る事が出来ず、悲惨な結果になる可能性が高くなってしまう。 言ってしまえば、アースラ等の次元航行艦船は、長距離移動が可能な中継ポートなのだ。 フェイトはなのはの場合と違い、アースラのトランスポーターを使用する事が出来たので、なのはより早く治療を受ける事が出来た。 足があるのと無いのとでは、差がはっきりと出てくる。それだけと言えばそれだけなのだ。 ただ、言えば単純だが、それを実用段階までの技術とするには、相当な時間と労力が必要なのは地球とさして変わらない。 「二人が出動してしばらくして、駐屯所の管制システムが、クラッキングであらかたダウンしちゃって……。 それで、指揮や連絡がとれなくて……。ごめんね、私の責任だ……」 エイミィが当時の状況を伝え、指揮代行を任されていたのもあってか、暗い表情を隠すように俯いた。 「んな事ないよ」 重い空気が漂う中、それを振り払ったのはリーゼロッテだった。 「エイミィがすぐシステムを復帰させたから、アースラに連絡が取れたんだし。 仮面の男の映像だってちゃんと残せた」 「……」 リーゼロッテがコンソールを操作し、エイミィが記録した仮面の男の映像を映し出す。 それでも、責任感からかエイミィは俯いたままだったが。 「でもおかしいわね。 向こうの機材は管理局で使っている物と同じシステムなのに……。 それを外部からクラッキングできる人間なんて、いるものなのかしら……?」 「そうなんですよ。防壁も、警報も、全部素通りで、いきなりシステムをダウンさせるなんて……」 「ちょっと、ありえないですよね……」 リンディ・エイミィ・アレックスの三人は、艦長・管制官・オペレーターと、局の管制システムを知り尽くしている。 そうでもなければ、現在開発中のXV級を除けば最大級を誇るL級艦船であるアースラを任される筈もない。 それだけに、今回の問題は予想の範疇を超えたアクシデントと言える。 管理局の管制システムを守る防壁・警報に全く引っかからずにクラッキングなど、前代未聞とさえ言えるからである。 統率がとれてこそ、部隊行動が成るのだ。統率のない部隊では、どれだけ数を集めようが烏合の衆と変わらない。 指揮・管制を全面的にカバーする管制システムには幾重もの、そして強固な防壁があって当然。だが、その防壁が全く効果無し。 個人云々の能力で出来る仕業とは到底思えないのだが。 「ユニットの組み換えはしてるけど、もっと強力なブロックを考えなきゃ……」 「それだけ、凄い技術者がいるって事ですか?」 エイミィ達の話の内容はわからずとも、深刻な状況である事くらいはなのはにもわかる。 少し不安になってきたなのはは、正面に座っているリーゼロッテに尋ねてみた。 「ん……。もしかして、組織だってやってんのかもね」 ロッテがなのはに返答し終えたのを見て、それまで黙っていたクロノが口を開いた。 「エイミィ、に連絡は取れなかったのか?」 「……システムを復旧させた後、すぐに取ろうとしたよ。 でも、結界を解除してた影響か、正確にはわからないけど、通信が繋がらなかったの……」 「あたしもだ。あのザフィーラとかいうデカブツが急に引き揚げたから追いかけようとして、の魔力を感じたんだ。 それで、フェイトにもにも念話が繋がらないから駆けつけて、そこで二人とも……倒れてたんだよ」 「……そうか。モニターでは?」 「君が仮面の男を追い詰めてたんだけど、君の魔力砲撃の影響で一瞬モニターが……」 「どうなったかはわからない、という事ね」 リンディが話を締め、また重い空気が立ち込める。 「しっかし、モニターを狂わせるレベルの砲撃だなんて、おっそろしいね〜」 それを払ったのは、またもやロッテだった。 「通信が繋がらなかったのも、荒れた魔力がを取り巻いていたからだろうな」 「多分、そうだと思う」 クロノの意見を、エイミィが肯定する。 「君、怒ると恐いんですね……」 「そうね……。普段怒らない人ほど恐いのは、間違いじゃないと思うわ」 なのはとリンディが複雑な表情で話すのを見て、アルフを除く他四名が表情を引き攣らせる。 (((( ……この二人も相当恐そう…… )))) 「?」 「どうかしたの?」 「な、なんでもないよ〜」 妙な視線を向けられて首を傾げるなのはとリンディに、ロッテが慌てて首を振った。 「そう? ではアレックス、アースラの航行に問題はないわね?」 「ありません」 「では、予定より少し早いですが、これより司令部をアースラに戻します。各員は所定の位置に」 「「「 はい 」」」 リンディの命令に、クロノ・エイミィ・アレックスの三人が返答する。 「と、なのはさんはお家に戻らないとね」 「あ……はい、でも……」 「フェイトさんと君の事なら大丈夫。私達がちゃんと看ておくから」 「……はい」 なのはが心配そうに言うのを見て、リンディが微笑みながら答る。 リンディの言葉を聞いたなのはは、まだ不安な気持ちを抑えつつ頷いた。 本局内医務室 12月11日 時刻19:59 「……ん」 眼を開けると、暗くて何も見えなかった。 少し体が痛んだが、構わず上半身を起こす。 《眼が覚めたか》 ……?」 声が聞こえた方を向く。 ベッドに備え付けられているボタンを押し、部屋に明かりが灯され眩しさに眼を細める。 眼が少しずつ明るさに馴染んでいき、待機状態のまま浮いているとを見つけた。 《大丈夫?》 「……うん」 の問いかけに、少しかすれた声で答える。 喉が渇いている事に、今気付いた。 「僕は……」 《結界を解除したんだ》 「そう……だったね……」 そうだった。機能しだした頭が先の戦闘の事を少しずつ思い出させる。 砂漠の世界で僕はフェイトを探して、それで見つけて―― 「フェイト……フェイトはっ!?」 渇いた喉まま叫んだので痛みを感じたが、気にせず声を張り上げた。 《落ち着け》 《あの子なら大丈夫よ、安心して》 「そう……」 との言葉を聞いて、少し落ち着いた。 僅かにだが息を乱しているのを自覚して、深く息を吐く。 《、ごめんなさい》 「え?」 急にが謝ったので、は思わず二人を見た。 《俺達は、抑えられなかった》 「いや……あれは……」 二人が謝る事じゃない。あれは、自分で自分を抑えられなかったから。 湧き上がる激昂が止め処なく溢れて、木霊する声に逆らえなかった。 「僕が自分を抑えられなかったっていうか……その、二人は悪くないよ」 《でも……》 《……》 苦笑しつつ、二人に向かって言葉を返す。二人は本当に悪くなんてないのだから。 むしろ必死で抑えようとしてくれていたのだろう。なのに、どうして責める必要がある。 「じゃあ言い直すね。、……ありがとう」 《……こちらこそ、ありがとう、》 《……ああ》 だからこそ、この言葉が合う。責められるのなら、それは僕だから。 いや、もうよそう。そんな事を考えていたって、何にもならない。 ……そういえば、あの声は何だったのだろう。やけに聞き覚えのある声だった。 「あのさ、二人とも」 《……どうした?》 《ご飯ならそこのテーブルに置いてあるわよ》 「あ、ほんとだ! ……って、そ、そうじゃなくって……」 素直に反応してしまう自分はどうなんだろうと、少し悲しくなってきた。 と、とが震えながら笑い出した。 「わ、笑わらなくても……」 《ほんと、は食い意地張ってるわね》 《張り過ぎだと思うけどな》 「二人ともっ!」 《はいはい。で、どうしたの?》 どうにも遊ばれている気がして膨れる。 すると、また二人が笑い出したので少し怒りながらも話す事にした。 「えっと、声が聞こえたんだ……」 《声……?》 《……何か言われたの?》 あの時、自分の中に何かがあった。確かに存在する何かが。 抗えない感情の波が押し寄せ、自分が自分で無くなるような感覚がした。 脳裏を過ぎった、一面を炎に包まれた光景と、洗っても落ちない血が―― 《?》 「……せ……」 《……!》 ――殺せ……敵を……殺せ…… 《!》 「っ!」 の声にはっとする。 《、少し休め。無理に解除した反動、まだ残ってるんだろう》 「……うん」 以前より小さくだったが、また聞こえた。 この声の主は一体誰なのか、には見当が付かなかった。 《落ち着いて、深呼吸して。今はとにかく休みなさい。話は、色々と落ち着いてからにしましょう》 「わかった……」 とに言われ、ベッドに体を沈める。 確かに、今は闇の書を何とかするのが先決だ。何とかしなければ、大惨事に成り兼ねない。 アースラにはアルカンシェルすら装備された。それだけ、状況は厳しくなっている。 《一休みしたら、フェイトに会ってあげなさい。きっと喜んでくれるわ》 「うん……そうする……」 思考を巡らす内に、溜まった疲労の影響で意識が沈んでいく。そのままは瞼を閉じた。 《は誰の声を聞いたんだ》 《……わからない。でも、の記憶は戻ってきてる》 先程のの眼は、何かに取り憑かれているかに見えた。 光が失せて、まるでその眼に何も映していない、死人のような眼。 《感情が爆発して、結界を解除した時に一瞬記憶が戻ったのか?》 《そうね、そうかもしれないわ》 《……どちらにしろ、一ヶ月以内に次があれば、もう抑えられないぞ》 《……》 結界を破った魔力を抑えた場合、抑え込んだ魔力は少しずつ解放して減らすしかない。 一気に解放すれば、荒れ狂った魔力が暴走し、何が起こるかわからなくなる。 それだけの魔力がに宿っており、あれだけ解放しても結界内にはまだ魔力で溢れている。 《古代の遺産……か》 《?》 急にがどこか沈んだ声で呟いたのを聞いて、が彼の名を呼んだ。 《確かに俺達は、ロストロギア級の危険な存在なんだろうな》 《それは……》 《得体の知れない物質で構成され、リンカーコアすら持ち、記憶と人格という"ヒト"しか持ち得ぬものすら明確にある》 《……》 管理局の技術開発部によって何度も検査や調査をされたが、結局詳細不明だったのが私達だ。 まあ、自分達自身が何も覚えていないのだし、どこで造られたのかもわからないのだから、当然かもしれないが。 リンディ達の助力がなければ、今頃は解体されていたかもしれない。 《カートリッジシステムを搭載できれば、を守れたかもしれないのにな》 《仕方ないわ。 自分でも言ってるじゃない。私達は……謎だらけの……そうね、兵器よ》 《……兵器、か》 《肝心な時に何も出来ず、ただの振るうがままの武器として、破壊をもたらすだけ》 が自分の意思で結界を解除した場合、自分達にも意識が残っている。 だが、が暴走し、魔力を抑え切れなかった場合、意識も心も吹き飛んで兵器となる。 いや、兵器に心など必要ないのだろうが。兵器に必要なものは、敵を殺す為の力だけだ。 敵を殺す事を躊躇するような兵器など、必要ない。躊躇している間に、敵に仕留められて終わりだ。 ただただ眼前に写る、主が敵と認識したモノを壊せばいい。それだけだ。 《……ごめんなさい。どうかしてるわ、私》 《いや……。だが俺にとっては、そんなに遠いモノだとは思えないがな……》 《……私もよ》 デバイスなど、名ばかりだ。大体、本当に自分達はデバイスと呼ばれる代物なのか。 呼び名がどうあれ、兵器は兵器でしかない。破壊する為の力だ。 《このまま……闇の書を何とかした後も、何事も無ければいいな……》 《……そう……ね》 それは、恐らく無理だ。の結界は、日に日に弱くなっている。 そして、結界で抑えられている力は相当なものだろう。大き過ぎる力は災いを呼ぶ。 今問題となっている闇の書も、その巨大な力故に狂い、災いをもたらしている。 それでも……リンディ達と過ごして来た日々は幸福で満ち溢れている。 毎日が楽しくて、自分達も人間らしくそこにあり、何より、がいつも笑顔でいるのだ。 一縷の望みでしかないが、せめてだけでも幸せに。 とはただ、そう願った。 本局内医務室 12月12日 時刻6:47 「……ん」 《フェイト、目が覚めた?》 「……?」 少しぼやけた視界で、を見つける。 その横にはディフィングもいた。 《大丈夫か?》 「う、うん。私は平気」 《そうか》 どうしてとがいるのかと疑問に思ったが、とりあえず体を起こした。 広がった視界に、昨日目を覚ました時からずっと看病してくれているアルフが、今日もベットに突っ伏して眠っていた。 アルフの優しさで胸が一杯になりつつ、ふと視線をずらすと。 「……?」 椅子に辛うじて座って眠っているを見つけた。 「ん……?」 「ぁっ……」 と、声が聞こえたのかが起き、眠たそうに眼を擦りながらずり落ちていた体を起こして座り直した。 「えっと……お、おはよう……」 「……おはよ〜……」 「あ、あの……その……」 どうやらまだ寝ぼけているらしく、じっとフェイトを見つめてくる。 元より見られる事に耐性の無いフェイトは、次第に真っ赤になって俯いた。 《、とりあえず起きなさい》 「……ん〜?」 《起きろ》 が少し上昇、微妙に勢いをつけて待機状態の体での頭を小突いた。 「?!」 ゴン、という擬音が聞こえたような気がした後、の待機状態は結構尖ってるから大丈夫かと心配になったりもした。 それは正解だったらしく、思ったより勢いもあったのか、が右側頭部を手で押さえながら悶えている。 「何すんだ!」 《いつまでも寝てるな。もう大丈夫だろう》 「うっ……」 がーっ! とに怒鳴ったかと思えば、言い返されてしゅんと沈んでしまった。 ほんとには表情が豊かだね、と一人再確認していたら、が涙目になっていたのでまた心配になった。 「、大丈夫……?」 「え? ああ、大丈夫大丈夫、これくらい平気だよ」 《頑丈さが売りだからな》 「う、うるさいなぁ……」 が少し拗ねたように口を尖らせる。 それを見てつい笑ってしまい、もフェイトにつられて僅かに笑みを零した。 「あのさ……」 「?」 微笑を浮かべていたの表情が曇り、フェイトは首を傾げた。 「……ごめん、フェイト……」 「え……?」 沈んだ声で謝る。 急な事でフェイトは一瞬目を見開いたが、昨日リンディから話を聞いていたのですぐに理解できた。 「、謝らないで」 「でも……」 俯くが申し訳なさそうにフェイトを見、そんなに優しく微笑む。 「は私を助けようとしてくれたんだよね? それだけで、私は嬉しいな」 「……」 「だから、自分を責めないで。私も……やられちゃったから……」 もう少し自分がしっかりしていれば、が無理をする必要はなかった。 フェイトにとっても、辛いのだ。好意を抱いている男の子が無理をして傷つくなんて、考えたくもない。 「フェイトは必死に戦ったんだから、全然……」 「それはも一緒だよ。だから、おあいこ」 ね? と、に問いかける。 「……うん、そうだね」 苦笑を浮かべつつも、が頷いてくれたので、フェイトの表情は一層穏やかになっていく。 そして、二人は自然と笑い合っていた。 《あらあら、私達はお邪魔みたいだから退散しようかしらね》 「えっ?」 「?」 と、がくすくす笑いながらそんな事を言ってくれた。 フェイトとはきょとんとしていたが、フェイトは微妙に理解したのかみるみる赤くなっていく。 《、行くわよ〜》 《いや、どこに行くんだ?》 《……いいから行くのよ》 《だから……》 《行くって言ったら行くのよ、さっさと来なさい》 《了解》 半ば脅迫みたいにがを連れて出て行った。 部屋は一気にシンと静まって、アルフの寝息だけが聞こえてくる。 はとが何で出て行ったのかわかっていないらしく、首を傾げている。 (こ、これって二人っきり……。で、でもアルフもいるからそうじゃなくって……。 えっと……だから今は……ぅ……ぅ〜……) どうにも意識し過ぎなフェイトは、耳まで真っ赤になっていた。 その後、フェイトが赤くなっているのに気付いたがフェイトのおでこに自分のおでこを当てたりした。 それでフェイトが余計に沸騰して蒸気を噴き出してオーバーヒートしたりしたのだが、それはまた別のお話。 あとがきらしきもの 優「なんかもう謝るくらいなら更新しろよって感じですよね☆」 ク「凍らすぞ?」 優「すいませんごめんなさいほんとに申し訳ないですっ!_○__」 ク「やれやれ……」 優「んーむ、KIAIが足らんな僕は。 何とか持ち直さねば!」 ユ「流石にこのままじゃ、ね」 優「ぬおおお! 情けないよ僕っ! ファイトーッ! いっぱーつっ!」 (空元気にならなきゃ良いけど……) BACK NEXT 『深淵の種 U』へ戻る |