海鳴市藤見町高町家 同日 時刻16:45


 「お邪魔しましたぁ〜」
 「じゃあ、また明日ね」
 「うん、また明日」
 「ばいば〜い」

 すずかとアリサがリムジンに乗って去って行くのを、笑顔で手を振るなのはとフェイト。
 つい先程まで楽しくお喋りしていたのだが、すずかが今日は図書館に行きたいという事で、
 少し早めに帰る事になっていたのだった。


 「だぁ〜……疲れたぁ〜……」

 なのはとフェイトが部屋に戻ると、ユーノにラウンドガーダーエクステンドをかけて貰っているが床にぶっ倒れていた。
 今日は早めに学校が終わっていた恭也とばったり出くわし、結局以前と同じように押し切られつい先程まで彼と手合わせしていたのだった。
 学校で疲れが溜まっていた上に、超人的能力を誇る恭也とほぼ1時間ぶっ続けで打ち合えば流石のも少々グロッキー気味だった。

 「、大丈夫……?」
 「……ちょっと大丈夫じゃないかも……」

 心配そうに尋ねるフェイトに、少し顔を向けたは苦笑しながら答えた。

 「ご、ごめんね君……今度お兄ちゃんにちゃんと言っておくから」
 「いや、かなり良い鍛練になるのは確かだし……。 それにユーノのおかげで随分楽になったよ」
 「そう? なら良かった」

 なのはが申し訳なさそうに言い、は体を起して座り、彼の頭の上に乗っているフェレットモードのユーノに言う。
 ちなみに、アルフは動物好きの美由紀に捕獲されてリビングでいじられている(別に悪い意味では無い)

 「でも、ユーノはデバイスも使ってないのに良くこんな魔法が使えるね」

 フェイトが感心しながら言う。

 「結界魔導師はあまりデバイスを必要としないからね。 それにこれくらいの魔法は大した事ないよ」
 《これで大した事がないなんて良く言うなユーノ》
 《そうね、普通こんな上位結界魔法を何の補助もなしにやるなんて、そうそうできるものじゃないわよ?》

 が少し呆れたように言う。
 ユーノは彼自身が思っているよりずっと優秀な魔導師で、その証拠に仮認定ではあるが結界魔導師AAAクラスである(ちなみに認定者はリンディ)
 先の戦闘でも、彼はなのはやアルフが吹き飛ばされた赤いバリアジャケットを纏った少女の一撃を、転送魔法の準備をしながら防ぎ切っている。

 「ユーノ君は遠慮しすぎなんだよ」
 「そ、そうかな?」
 「そうだよ。 ユーノ君のシールド、全力全開でやっても普通に防がれちゃうんだもん」
 「でも、ユーノ君のバリアジャケット、傷もちょっとしかつかないんだよ?」
 「……ほんとなの? なのは」

 フェイトがかなり驚いた様子でなのはに尋ねる。
 なのはと最初で最後の本気の勝負をした時、彼女の全力全開ディバインバスターをフェイトがシールドで受け止めた際、
 魔力負荷がシールドを貫通してバリアジャケットをボロボロにさせられた事を思い出す。

 「うん」

 フェイトの問いかけに、なのはは至極当然の様に答えた。

 「……ユーノ、今度僕に魔法教えてくれないかな?」
 「え? うん、いいけど」
 「あー! ユーノ君は私の先生なのに!」
 「も、もちろんなのはの練習にも付き合うから」

 なのはが頬をプクーっと膨らまして怒り、それをユーノが困ったようになだめる。

 『なのはちゃんも何だかんだで、ユーノ君が好きみたいね』
 『なのはは気づいてないみたいだけど……』
 『ユーノ君もはっきりとは気づいてないんでしょうけどね』

 フェイトとが微笑ましいやり取りをするなのはとユーノを見守りながら念話で話す。
 どうもこの2人がお互いの気持ちに気付くのは相当時間がかかりそうである。


 「ねぇ、三人は……あの人達の事、どう思う?」

 なのはとユーノのやり取りが静まったのを見計らって、フェイトがこれから戦う事になるであろう彼女達の事について尋ねる。

 「あの人達って……闇の書の?」

 なのはが聞き返す。

 「うん……闇の書の、守護騎士達の事」
 「えと……私は急に襲い掛かられて、すぐ倒されちゃったから……良く、わかんなかったんだけど」
 「そうだなぁ、僕は攻撃を凌ぐので手一杯だったから……」
 「……悪意……みたいなのは感じなかったけど……フェイトはどう思う?」
 「フェイトちゃんは、あの剣士の人と何か話してたよね?」
 「うん……少し、不思議な感じだった。 上手く言えないけど、と一緒で、悪意みたいなのは全然感じなかったんだ」
 「そっか……闇の書の完成を目指してる目的とか、教えて貰えたらいいんだけど……」
 「それは……難しいかもしれないね」

 ユーノが少し厳しい目つきで呟く。

 「そうだなぁ……話を聞いてくれそうにはなかったし」

 も先の戦闘の事を思い出しながらユーノに便乗する。
 と言っても、僕もすぐに突っ込んで行ったんだけどなぁ〜、と、少々ばつが悪そうだったが。

 「強い意志で自分を固めちゃうと、周りの言葉って、中々入ってこないから……。
  私も、そうだったしね……」
 「「「 …… 」」」
 「私は、母さんの為だったけど、傷つけられても、間違ってるかもって思っても、疑っても……。
  だけど、絶対に間違ってないって信じてた時は、信じようとしてた時は、誰の言葉も入ってこなかった……」

 フェイトが過去の自分を思い起こしながら辛そうに話すのを見て、三人は言葉を詰まらせる。

 「あっ、でも、言葉をかけるのは、想いを伝えるのは、絶対無駄じゃないよ。
  母さんの為だとか、自分の為だとか、あんなに信じようとしてた私も、なのはの言葉で何度も揺れたから。
  それに、が……私を庇ってくれた時は、驚きもしたけど……嬉しかった……」
 「あの時は……勝手に体が動いてたからね」

 フェイトが少し俯き加減に言うのを見て、は照れくさそうに頭を掻きながら答える。

 「言葉を伝えるのに、戦って勝つ事が必要なら……それなら、迷わずに戦える気がするんだ……」
 「フェイトちゃん……」
 「なのはや、ユーノ……皆が教えてくれたんだ、そんな強い心を……」
 「そ、そんな事、ないと思うけど……」
 「大した事はしてないんだけどね……」
 「ちょっと大袈裟な気もするかなぁ」

 なのは・ユーノ・が少しこそばいような感じで言うのを見て、フェイトは屈託なく笑っていた。


 高町家をあとにして、フェイト・・アルフが帰り道を歩いて行く。

 「ん〜……ん? ん〜……」
 「……?」
 『さっきから何悩んでるんだい?』
 『、そこまで悩み込んでると気持ち悪いぞ』
 『がっ、酷いよ……』

 の一言で一気に落ち込む
 アルフとは堂々と喋れないので念話で話している。

 「どうしたの?」
 「ああ、えっと、な〜んか忘れてるような、忘れてないような……?」
 「なのはの家に忘れ物は……ないよね」

 フェイトが自分との持ち物を確認する。
 と言っても、学校の鞄くらいしか持ち物はないのだが。

 『そういえば、今朝クロノがを起した時になにか言ってた気がするわ』
 「今朝……? あぁぁぁあ!」
 「、声大きいよ……」

 周りの視線を一気に集めたのすぐ傍にフェイトは立っているのだから、当然彼女も視線を浴びる事になる。
 人と接する事が少なかった所為か、視線を向けられる事に慣れないフェイトはその事に恥ずかしさを感じつつ、に小声で注意した。

 「そうだ! 図書館に行かきゃいけないんだった!」
 「〜……」

 注目を集めている事を全く気にしていないにフェイトは少し泣きかけだった。

 「ごめんフェイト! 夕飯までには戻るから先に帰ってて!」
 「うぅ……だから声が大きいってば……って!?」
 『図書館に何の用があるんだろうね?』

 フェイトが気づいた時には、は風の如く走り去っていた。
 アルフは素直に疑問に思った事をフェイトに尋ねていたが、残されたフェイトに視線が集中していたので、
 彼女は脱兎の如くその場から走り去った。

 『フェ、フェイト! 首輪が締まって苦しいよー!』

 アルフが悲鳴をあげるまで、フェイトは走り続けていた。


 「……ここどこ?」
 『知らん、俺に聞くな』
 『が方向音痴だって事すっかり忘れてたわ……』

 とりあえず突っ走ったはいい、が、図書館の場所がわからないのに突っ走ってどうしようというのか。
 街の所々にある地図で何度か確認はしているのだが……どうやらにはあまり効果が無いようである。
 最近はが一人で出歩く事もなかったので迷う事もなかったのだが、今は彼一人だ。
 いや、正確にはもいるのだが、二人に土地勘があるはずもないのでどうしようもない。

 「大体クロノもクロノだよ。 なのはにメール送った時一緒に知らせてくれたら良かったのに……」
 『忘れてるお前が悪い』
 『まぁ、寝起き直後のに言ったクロノも失敗だったわね』
 「……最近二人とも冷たくない?」

 がトボトボと街中を歩いて行く。
 街行く人には念話が聞こえるはずもなく、一人の少年が哀愁を漂わせながら独り言を呟き続けているという何とも奇妙な光景に見えているのだが。


 「アリサちゃんとお話してたら、ちょっと遅くなっちゃったなぁ……」

 リムジンに乗っているすずかが呟く。
 いつもならアリサの家のリムジンで通学するのだが、今日は珍しくすずかの家のリムジンで通学していた。
 なんでも車両点検中らしく、今はノエルが運転している。

 「あれ?」

 すずかが何をする訳でもなくぼーっと窓から外を見ていると、流れる景色に一人の見知った姿を捉えた。

 「ノエル、ちょっと止めてくれないかな?」
 「かしこまりました」

 ノエルが素早く駐車灯を点灯させて路肩にリムジンを寄せる。

 「君?」
 「……すずか?」

 リムジンから降りたすずかが、最近久々に再開した男の子に声をかける。


 「ほんと助かったよすずか、ありがと」
 「うぅん、気にしないで」

 心底安心したのか、はリムジンの座り心地の良い椅子に深く沈み込んでしまっている。
 をリムジンに乗るよう促した時、ノエルが、

 「すずか様にもそういう時期が来ましたか」

 などといつものポーカーフェイスで呟いていたが、すずかは至ってマイペースに、

 「違うよノエル。 君の事が好きなのはフェイトちゃんと……う〜ん、ここから先はまだわからないかな?」

 などといつもの笑顔で淡々と語っているあたり、この少女は本当に小学三年生かと疑ってしまうのも無理はないだろう。
 ちなみには知り合いに会う事ができ、更に向かう先が同じ図書館だという事で思考回路が緩みまくったのか、
 二人のやり取りに全く気付いていなかった。
 唯一気づいたが、

 『この世界の女の子は、恐ろしいくらいしっかりしてるわね〜』

 とぼやいていたりもしたのだが、それは別のお話。


 海鳴市立図書館 同日 時刻17:44


 「あ、はやてちゃん!」
 「すずかちゃん!」
 「?」

 が借りたいという本を探していると、共用の長机に一人の車いすに乗った少女が本を読んでいた。
 その少女は、すずかが最近知り合った変わった関西弁を喋る不思議な子だったので声をかけると、はやてと呼ばれた少女は満面の笑みで答えた。

 「すずか、知り合いなの?」
 「うん、八神はやてちゃんだよ」
 「お、すずかちゃんボーイフレンドかいな?」
 「違うよはやてちゃん、それは私じゃなくて……う〜ん、やっぱり言えないかな」
 「あ、それはないで〜」
 「……なんか変わった喋り方だね」

 が今まで聞いた事のない独特の喋り方をする少女に尋ねる。

 「私のは関西弁やからやね。 ところで、お名前聞いてもええかな?」
 「あ、うん。 僕はっていうんだ」
 「君か? 外人さんやのに日本語上手やな〜」
 「あはは……まあね」

 なんか初対面の人には絶対聞かれるな〜、と、ちょっとそこら辺の感覚がよくわからないだった。

 「ところで、すずかちゃんと君は何の本を読もう思てるん?」

 はやてがすずかとが本を持っている事に気付いて尋ねる。

 「私は童話の本なんだけど……なんだかちょっとジンとくる感じの本なの」
 「あ、童話は私も好き〜、面白そうやね〜」
 「読んでみる? 一巻がまだ棚にあったよ」
 「うん、後で見てみる。 君は?」
 「僕は頼まれたんだけど、えっと……『世界のまるごと歴史図鑑』と『砂糖の正しい摂取方法』」
 「さ、砂糖……?」

 はやてがあまりに意外な本の名前が出てきたので目をキョトンとして尋ねる。

 「ん……まぁ……わからなくもないかな、これは……」
 『明らかにリンディ関連ね……これ……』
 『……クロノも苦労するな……』

 どこか遠い眼をするの三人だった。


 「いかん、つい読み入ってしまった……主はやてはどこへ行かれたのだろうか……」

 ヴォルケンリッターが烈火の将、シグナムが自分の不甲斐無さを叱りつつ、主を探す。
 ふと目に入った『サムライと武士道』という本についつい興味を惹かれ、じっと見つめ続けていたのをはやてが、

 「私は一人で大丈夫やから、シグナムはその本読んでたらええよ」

 と言ってくれたのだった。
 もちろん最初は辞退しようとしたのだが、はやてに押し切られ(と言うのも変かも知れないが)、少しの間だけ読む事にしたのだった。
 しかし、中々自分の騎士道と共感できるものがあり、更に日本古来の刀と呼ばれる実に美しい剣にも興味を持ち、ついつい読み入ってしまったのだった。

 「……これでは将としてあまりに威厳が……」

 こんな事ではヴィータに何を言われるかわかったものではない。
 少々自己嫌悪に陥っていると、遠くにはやてを見つけた。

 「主はや……なっ!?」

 シグナムは驚き、素早く柱に身を隠す。
 はやての傍には、以前シャマルが言っていた、たしかすずかといったか、その少女と、つい先刻自分と刃を交えた少年がいたのだった。

 (なぜ奴がここに……まさかばれたのか? いや、それならあのように無防備で主はやてと話すとは思えんな)

 はやてと行動を共にしなかったのが幸いしたが、この状態では身動きが取れない。
 万一はやてが自分の存在に気づけば間違いなく勘付かれる。
 シグナムは図書館を出て、あの少年がはやての傍から離れるのを待つ事にした。
 恐らく魔力で既に察知されてはいるだろうが、主がはやてだとばれさえしなければ問題はない。


 『……
 『……ああ』
 『近くにいるわね、今は少し離れてるけど』
 『……』

 はつい先程のフェイトの言葉を思い出す。


 ――言葉をかけるのは、想いを伝えるのは、絶対に無駄じゃない


 『どうする?』
 『とりあえず、会って話だけでもしてみる』
 『……そうね、ちょっと危険だけど、やってみる価値はありそうね』
 「君、どないしたん?」

 急に黙り込んでしまったに、はやてが心配そうに尋ね、すずかも首を傾げている。

 「ごめん、ちょっと外の空気吸いに行ってくるよ」
 『どんな言い訳してるんだお前は……』
 『……じゃあなんて言ったらいいのさ?』
 「う、うん」
 「すぐ戻ってくるの?」
 「うん、すぐ戻るから」

 そう言って、は魔力の感じる場所まで走って行った。


 「……やっぱり、あなたでしたか」
 「……」

 図書館の近くの林の中で、探していた人物が静かに佇んでいた。
 しかしその眼光は鋭く、殺気だけでも凄まじいものを感じる。

 「なぜ、こんな処に?」
 「話す必要があるか?」
 「……単刀直入に言います。 あなた達はどうして闇の書を完成させるんですか?」
 「……それも話す必要はない」
 「あなた達には悪意を感じない。 話だけでも……」
 「ふっ……敵に情けをかけられるとは、私も落ちぶれたものだ」

 の言葉を遮って、シグナムは挑発ともとれる言葉を発する。

 《別に情けで言っている訳ではないんだがな》
 《話してくれれば、力になれるかもしれないわ》
 「それが罠ではないという証拠がどこにある。
  それに、私がそうあっさり話すとでも思ったのか?
  これでもそれなりに長い年月を生きてきたのでな」
 「……どうしても、話をする事はできませんか?」
 「何度も言わせるな。 話す気など毛頭ない」

 彼女から伝わってくる殺気が一気に跳ね上がる。

 「……っ」

 その殺気を目の当たりにして、が身構える。

 (戦るしかないかな……?)
 (ここで戦えば、主はやての存在が勘付かれるかも知れん……)

 とシグナムが、互いに向かい合ったまま殺気と闘気をぶつけ合う。

 「く〜ん?」
 「っ?!」

 その時、あまりに場違いな声が聞こえ、の注意が一瞬そちらに向く。

 「……勝負は預ける」

 その隙をついて、シグナムが姿を消す。

 「ぁっ!」

 気づいたが追いかけようとしたが、すぐそこまですずかの気配があったのでやめた。

 「君、こんな所にいたの?」
 「……」
 「君?」

 が反応しない事に疑問を感じたすずかが、彼に近づいてもう一度名前を呼ぶ。

 「……ごめんすずか」
 「私、もう帰らないといけないから……それで、君が戻ってこないし……」
 「そっか……ごめんね」

 そんなに長い時間を睨みあっていたのか、握り締めた手が汗ばんでいて、無性に気持ち悪く感じた。


 海鳴市市街地ハラオウン宅 同日 時刻18:43


 「ただいま〜……」
 「、お帰り」
 「遅かったね」

 奥の方から、の声を聞いたフェイトとアルフが駆け寄ってを迎える。

 「……?」
 「ん? どうかした? フェイト」
 「えと……なんだか元気がないなって……」
 「ちょっと疲れてるだけだよ。 だから大丈夫」
 「そう……」

 フェイトって結構鋭いな〜……と内心呟いて、とりあえず笑みをつくってごまかす。

 「お帰り。 頼んでおいた物は?」

 そんな時、クロノが少し遅れて奥から姿を現し、今朝に頼んだ事について聞く。

 「……クロノ、なのはにメール……だっけ? それを送った時にでもついでに知らせてくれれば良かったのに」

 が恨めしそうにクロノを見つつも、すずかが気を利かせて借りてくれていた2冊の本を渡す。

 「すまない。 色々とやる事があるから忘れていた」
 《クロノ、これからは寝起きのに頼み事をしない方が良いわ》
 《そうだな、言っても無駄になるだけだろうしな》
 「だぁぁ! 悪かったよ! 寝起きが悪くて!!」

 が彼の目の前でふわふわと浮いているに外見に違わず子どもっぽく喚いているのを、
 フェイトはこれだけ元気があるなら大丈夫と安心してクスクス笑いながら、クロノとアルフはやれやれ、といった感じで眺めていた。


 海鳴市中丘町八神家 同日 同時刻


 肌寒い外気など感じていないかのように、シグナムが冬の星空の下で素振りを続ける。
 もちろん全く感じていない訳ではなく、彼女の吐息は真っ白ではあったが。


 ――……どうしても、話をする事はできませんか?


 (……あんな事を聞いてくる敵は、初めてかもしれんな)

 頭の中でほんの一時間程前に少年の放った言葉がグルグルと渦巻いている。
 それを振り払おうと先程からひたすら素振りを続けているのだが、それは中々消えてくれずにいた。
 長い時の中を闇の書の守護騎士としてひたすら戦ってきたが、自分達のようなプログラムに話をしようとする者等、
 少なくとも、今ある記憶を辿ってみても皆無であった。

 「全く……これでは本当に将として威厳がないな……」

 自嘲気味になっていた為か、無意識に出た言葉にハッとする。
 ヴィータやザフィーラに聞かれてはいないかと少し不安になり振り返ると、ヴィータが屈託のない笑顔を浮かべてはやてに駆け寄って話しかけ、
 シグナムが驚く程に、穏やかな表情ではやてとヴィータを見守るザフィーラがいた。
 今リビングにいないシャマルは、恐らく自室で一つずつカートリッジを作ってくれているのだろう。

 (……今までとは、全く違うな……)

 違う。 そう、違うのだ。
 自分達の置かれている状況が、全く。

 道具として扱われる事が普通で、道具としか見られなかった自分達。 別に道具だと言われて疑問は感じなかった。
 今までの敵は皆、自分達をプログラムとしてしか見なかった。 所詮はプログラムでしかないのだと、それ以外は考えた事がなかった。
 例え主にどれだけ非情な命令を下されても逆らわず、敵となった者は容赦無く斬り捨ててきた。

 だが……今の主は、そんな自分達を"家族"だと信じて疑わない。
 服を、寝る場所を、食事を……自分達が何不自由のないように気遣ってくれる。
 脚が不自由なのは、自分達の所為であるとさえ言えるというのに。

 そして、今回の敵は、恐らく自分達が闇の書のプログラムに過ぎないと知っているだろう。
 なのに、その自分と話をしたいと切り出してきた。

 (いや……考える必要などない)

 そこまで深い思考の海に沈んでから、彼女は一気にそこから抜け出す。
 誓ったのだ、たった一つだけの主の命にさえ逆らってでも、主を助けると。
 その為には、人は殺さない、主が穢れてしまうのは耐えられないから。
 が、それ以外の事なら、例えこの身がどれだけ穢れようとも……どんな事でもやってやると。

 心に湧きあがってきた、今まで感じた事のない感情を握り潰して、彼女は美しい星空を見つめる。

 一筋の光が尾を引いて、儚い一瞬のみ光り輝いて、消えていった。


 海鳴市市街地ハラオウン宅 同日 時刻21:12


 夕食後、リビングで闇の書の特徴やデータの説明を受け、その対応策を話し合った後、
 入浴を済ませたが自室に戻ってベットに倒れ込んだ。

 《……大丈夫か?》
 「ちょっと疲れた……」
 《慣れない事を色々としたから……仕方ないわね》

 が少し心配そうに尋ねるのを、枕に顔を埋めたまま答えるに、が溜息交じりに言う。

 「……あの人と会った事、言わなくて良かったのかな?」

 が埋めていた顔を少しだけあげて、ふわふわと浮いているを見ながら尋ねる。

 《話したところで、何かわかった訳でもないんだし、わざわざ言う事もないわ》
 《そうだな……無駄な事に気を遣わせる必要もないだろう。
  まぁ、あの時すずかが来ずにあのまま戦闘になっていたら、報告しなければならなかっただろうがな》
 「うん……。 でも、すずかが来てくれて助かった」
 《……結界か?》
 「それもそうだけど……まだ本調子に戻ってないからね」

 は恭也と手合わせした時に、どうも動きが悪いと自覚していた。
 恭也にも、

 「以前に比べると、動きがあまり良くないな」

 と言われたので尚更だった。
 結界も依然不安定なままなので、今のの状態では凄まじい殺気を放つあの人……シグナムには勝てないだろう。

 《今は……グレアム提督の言う通り、戦闘はなるべく避けるべきでしょうね……》
 「……そう……だね」

 それ以降は三人とも一言も喋らず、はそのまま眠ってしまった。


 翌朝フェイトが起こしてくれて、まだしっかり開かない目をこすりながらリビングへ行くと、
 物凄く神妙な面持ちで、が借りてきた本をひたすら読み続けるリンディの姿が、やけに印象深かったりもした。





 ハラオウン宅管制室 12月7日 時刻18:24


 「そう? 良かったぁ〜」
 「今どこら辺?」

 本局になのはの容態の確認と、レイジングハート・バルディッシュを受け取りに行ったなのは達から連絡が入る。
 なのはのリンカーコアは完全に回復し、レイジングハートとバルディッシュも完全に修復されたという。
 それを聞いて安心したエイミィとが、今なのは達がどこにいるか尋ね、ユーノが答える。

 『二番目の中継ポート。 後十分くらいでそっちに戻れるから』
 「わかった」
 「じゃあ戻ったら、レイジングハートとバルディッシュについての説明を……ぁっ?!」

 エイミィの言葉を遮るように警戒音が鳴り響き、モニターが真っ赤に染まり、CAUTIONの文字が映し出される。

 「これって……!」
 「こりゃまずい! 至近距離にて、緊急事態!」


 リビングにいたリンディの元にも、警戒音と共に連絡が入る。

 『都市部上空にて、捜索指定の対象二名を補足しました。 現在、強壮結界内部で対峙中です』
 「相手は強敵よ。 交戦は避けて、外部から結界の強化と維持を!」
 『はっ!』
 「現地には、執務官と嘱託魔導師を向かわせます!」


 『君、行けるわね?』
 「はい!」
 「気をつけてね! クロノ君もすぐに着くから!」
 「了解!」

 そう言ってトランスポーターに乗り、光に包まれたが管制室から姿を消した。


 海鳴市都市部上空 同日 時刻18:26


 「くぅっ……」
 「えぇぃ……」

 完全に囲まれたヴィータとザフィーラが局員を睨みつける。

 「管理局か?」
 「でも、ちゃらいよこいつら……返り討ちだ!」

 ヴィータが吐き捨ててグラーフアイゼンを構えると、局員が一斉に距離を取る。

 「上だ!」

 それに少し驚いたヴィータだったが、ザフィーラの声に上を向く。
 そこには二人の魔導師が魔法陣を展開させて自分達を見据えていた。

 一人は自身の周囲に100はあるであろう水色の魔力刃を生成。

 もう一人は大きめの魔法陣を展開してそれにかなりの魔力を込めている。

 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
 「フォースブリット・トレンティアルシフト!」
 「「 っけぇ!! 」」

 クロノの掛け声とともに100以上もの魔力刃に環状魔法陣が取り巻き、ヴィータとザフィーラに一斉に狙いを定めてS2Uを振り降ろす。
 は魔法陣の上で宙を一回転し、そのまま重力に逆らわず落下の勢いで魔法陣にを突き立てる。

 対象を処刑せんとする100以上もの魔力刃が一斉に撃ち出され、トリガーの引かれた魔法陣から白銀の魔力弾が激流の如く降り注ぐ。

 「ちぃっ!!」

 ザフィーラがヴィータを庇って立ちはだかり、ライトペリウィンクル色のバリアを展開する。

 クロノとの放ったそれら全てが直撃し、次々と着弾音を立てて最後には魔力爆発を引き起こした。
 眼下には魔力残滓に伴う煙が立ち込めてヴィータとザフィーラを覆い、それを少し息を荒くした二人が見下ろす。

 「はぁ……はぁ……少しは……徹ったか……?」
 「いや……あれくらいじゃ……あの人のシールドは破れない……」
 《ブラストファングを防ぎ切ったんだ。 そう簡単には抜けんだろうな》
 《……確かに、その通りみたいね》

 煙が風に流されると、二人が姿を現す。
 徹ったのは、クロノが100以上放った魔力刃、その内の三つのみだった。

 「ザフィーラ!」
 「気にするな……この程度でどうにかなる程……軟じゃない!」

 ヴィータが心配するのを制して、力を込めただけで突き刺さった魔力刃を破壊するザフィーラ。

 「上等!」

 それを見て安心したヴィータが、上空にいるクロノとを睨みつけ、二人がそれを見て身構える。

 『武装局員、配置終了! オッケー、クロノ君、君!』
 「「 了解! 」」
 『それから今、現場に助っ人を転送したよ!』
 「!?」
 「なのは! フェイト!」

 クロノがエイミィからの連絡を聞くと、感じ慣れた魔力の波動のする方向に目を向け、が二人の幼い魔導師の名を呼ぶ。

 「あいつらっ!」
 「レイジングハート!」
 「バルディッシュ!」
 「「 セーット・アーップ!! 」」

 《Order of the setup was accepted》(セットアップの開始が承認されました)
 《Operating check of the new system has started》(新システムの操作確認を開始)
 《Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five》
 (カートリッジシステムの状態は良好、NEURO-DYNA-IDENT α 0 1 から β 8 6 5 まで完全にクリア)
 《The deformation mechanism confirmation is in good condition》(変形メカニズムの状態良好)
 《Main system, start up》(メインシステム起動)
 《Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible》
 (ハーケンフォーム変形準備:最高性能での交戦は常に可能)
 《An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained》
 (アクセル・バスターモード使用可能。 シンクロ率90%)

 「え? こ、これって……」
 「今までと……違う……」

 なのはとフェイトが、慣れ親しんだ相棒の変化に驚く。

 『二人とも、落ち着いて聞いてね。 レイジングハートも、バルディッシュも、新しいシステムを積んでるの!』
 「新しい……システム?」
 『その子達が選んだの……自分の意志で、自分の想いで!』

 エイミィの話を聞いて、二人が自分の大切な愛杖を見る。

 『呼んであげて。 その子達の、新しい名前を!』

 《Condition, all green. Get set》
 《Standby, ready》

 「レイジングハート・エクセリオン!」
 「バルディッシュ・アサルト!」

 《《 Drive ignition 》》

 待機状態の二機が光輝き、なのはとフェイトが新しいバリアジャケットに身を包む。

 「あいつらのデバイス……あれってまさか!」
 「……」

 《Assault form, cartridge set》
 《Accel mode, standby, ready》

 二人が進化した相棒を構える。

 新たな力が今、起動する。




 あとがきらしきもの

 優「あぁもぅマジでごめんなさあああああい!!」
 ク「まぁいいじゃないか、別に謝らなくても」
 優「うっわ、クロノ君が優しいよ、明日は嵐どころじゃないね」
 ク「そうだな、お前は謝る必要もないし明日の天気の事なんて気にしなくていい様に僕が読者様に代わって永久の氷の棺に納めてやる」
 優「ええええええ!?」
 ク「三日も遅れるなあああああ! エターナルコフィン!!」
 優「ちょ!! まだクロノそれ持ってなぎゃあああああ」

 いや、ほんとに更新遅れまくってごめんなさい_○__
 それと、レイジングハートとバルディッシュの起動文(?)の英訳はかなり曖昧なので鵜呑みにしないようお願いします(;´・ω・`)


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