4.夏祭り


「……あ、着いたよ、なのは」
「え? う、うん」

 ユーノに言われ、俯いていたなのはが前を見ると、人と屋台が視界を覆った。
 たこ焼き、たいやき、リンゴ飴、金魚すくい等、様々な屋台が所狭しと並び、店主達が威勢の良い声を張り上げている。
 多くの人が浴衣に身を包み、手には団扇や屋台で買ったものを持ち、楽しそうに笑顔を浮かべ、人の波に流されて行く。
 少し視線を上にそらせば、長い石段と、一際目を引く鳥居が悠然とそびえていた。神社の方からは太鼓の勇ましい音が聞こえてくる。

 結局、二人は神社に着くまでずっと無言だった。
 視線を合わせないように俯いて、それでも寄り添いながら歩いていた。
 今年は本当に去年までとは違う。その事に戸惑いつつも、ユーノが隣にいる事が無性に嬉しかった。

「こ、今年も人がいっぱいだね」
「うん、お店もたくさんでてる。屋台って言うんだっけ?」
「そうだよ。今年の夏も無事に過ごせましたって、神様に感謝する日なんだって」
「そうなんだ、ちょっと興味深いかな」

 学者だからか、歴史や文化関連の話をするとユーノはとても嬉しそうな顔をする。
 ただそれだけの事なのに、今日はなぜかその事が不満に思えた。

「ユーノ君、こんな時くらい勉強の話はやめようよ」
「ああ……そうだね、ごめんなのは」
「む〜、せっかく二人一緒のお祭りなのに……」
「? なにか言った?」
「あっ……えと……な、なんでもないよ」
「……そう?」

 思わず口を衝いた言葉に自分でも驚きながら、ユーノに聞かれていなくてほっとする。
 ユーノは不思議そうな顔をしてこちらを見ているが、どうにも今日はユーノに見つめられると異様に顔が熱くなってしまう。
 いてもたってもいられなくなり、少し無理矢理だけど話を切り替えた。

「あ、あのね! せっかくだしたくさん遊ぼうよ! 金魚すくいしたり、美味しいもの食べたり!」
「……なのは、大丈夫? 無理してない?」
「む、無理なんかしてないったら! ほら、早く行こうよっ」
「わっ!? ちょ、ちょっと待って……!」

 真剣な顔で心配してくれるのは確かに嬉しいけど、優しすぎるのもたまに傷。
 なんだかじれったくて、勢いでユーノの手を掴んでいた。はっと気付いて余計に顔が熱くなる。
 でも、このままずっと握っていたい。ユーノの手はなのはのより少し大きくて、温かくて、優しい感じがした。
 恥ずかしいけど、今はユーノと一緒に過ごせるこの時を大切にしたい。なのははユーノの手をしっかりと握り、駆けだした。



「もう、どうしてあなたはいつもなのはの事になったらああなるの」
「いや……そのだな……俺はなのはが心配で心配で……」

 珍しく怒り心頭――にはあまり見えないが――の桃子が我が子を叱るように説教している。
 士郎はもう頭が上がらないと言った風で、正座して縮こまっていた。

「美由希の言う通り、あなたは構いすぎなんです。なのはがそんなに弱い子に見える?」
「い、いや、そういう訳ではないんだが……」
「確かにあの子はまだ弱いところもあるけど、立派に独り立ちできるわ。それにユーノ君だって」
「桃子。俺は別にユーノ君を毛嫌いしてる訳じゃないぞ」
「そんな事はわかっています」

 あっさりと言い返されてしまい、士郎は苦笑しつつ足を崩す。

「ユーノ君はな、昔の俺に似てるんだ」
「え……?」
「無理が祟って体には消えない傷が残った。桃子、それに子どもたちにも辛い思いをさせた。
 あの子もそうだ。まだ10年と少ししか生きていない子どもが大人の上に立つ。無理をしている以外の何ものでもないだろう」
「……」
「自分の中にだけ溜め込んで、誰にも打ち明けず、背伸びして大人と対等に渡り合っているフリをしている。
 そんな事がいつまでも続けばどうなるか、桃子にはわかるな」

 士郎に問い掛けられ、桃子は悲痛な面持ちで小さく頷く。

「俺はな、ユーノ君の憎まれ役になれればと思っていた。少しでも自分をさらけ出せる存在になってやりたかった。
 だが、あの子が身を置いている環境があの子にそうさせる事を拒んだ。なのはの話を聞いていればわかる。
 だから俺は馬鹿をやって助けてやりたかった。……だが、俺は不器用だ。全く、情けないな」

 士郎が自重気味に笑い、溜息をつく。

「私も、あの子には何もしてあげれていない……。なのはだって、本当に辛そうな顔をしてる時があるもの」
「桃子はちゃんと助けてあげているさ。ま、父親なんて憎まれてなんぼだ。だが、ユーノ君はできすぎてるというか……。
 あの子は、いや、なのはもそうだが、誰かに逆らって、それがその誰かを傷つけてしまう事を怖がっているんだろうな」

 桃子が俯きながら沈んだ声で言い、士郎もまた、窓から覗く星々を遠い眼で眺めながら答える。

「……ほんとに、私達の周りの子達はどうしてこう……子どもらしくないのかしら」
「親としては情けないが、それでも何かしてやれるだろう。今の俺には馬鹿をする事しかできないが……。
 いつかユーノ君が辛い眼をせずに自分と向き合えるようになるまでは、俺はこのままでいる」
「その時にまた、なのはは嫁にはやれん! って言うんでしょう?」
「一太刀合わせれば、あの子がどれだけの覚悟をもっているかくらい、俺にでもわかるさ」

 桃子がくすくす笑いながら士郎に言い、士郎は少し詰まってから、笑顔で答えた。



「あ、水風船だ」
「うん」
「ユーノ君、わたあめだよ」
「そうだね」
「ほら、金魚さん。可愛いな〜」
「可愛いね」
「…………」
「な、なのは?」

 とたんに黙り込んでしまい、頬を膨れさせるなのはをユーノが少し驚いたように見る。

「ユーノ君、楽しくない?」
「そ、そんなことないよ。良い息抜きになってる」
「……本当?」
「うん」
「絶対?」
「絶対」
「絶対の絶対にそう思ってる?」
「絶対の絶対にそう思ってる」
「む〜……」

 それでも気が晴れないなのはは、膨れっ面のままユーノを見る。
 一緒にいて、今はお祭りを二人で回っているのに、そっけない返事ばかり。
 もともとこういうのに関して彼が淡泊なのはわかっているつもりだけど、やっぱり不満は不満だ。

「なのはと一緒にいられるんだから、つまらないなんてことないよ」
「そ、そんなこと言ったって……やっぱり気になるんだもん……」
「う……じゃあ、どうすれば信じてくれるかな?」
「ふえ? ……え、えっと……その……」

 ユーノに尋ねられ、して欲しい事はぱっと頭に浮かんだは良いが、どうにも恥ずかしくて俯いてしまう。
 指を絡めてもじもじしてしまい、盗み見るようにユーノを見ると、じっと待ってくれていた。
 決心して小さく頷き、左手をユーノに差し出す。

「あ、あのね……、えと……エ……」
「……?」
「エ……エスコート……して欲しいな……」
「あ、ああ……うん、わかった」

 もう顔から湯気が出そうなくらいに熱い。ユーノも、心なしか少し頬が赤い気がする。
 差し出した左手にユーノの右手が添えられて、心臓が飛び出しそうになった。
 今までは成り行きや勢いだけで手を握っていたが、こうしてちゃんと握って貰うのは初めてだった。

「じゃ、じゃあ行こう」
「う、うん……」

 ユーノに手を引かれ、はにかみながらも笑顔で答える。
 手が汗ばんでしまい、ユーノに不快と思われないか不安になったが、ユーノが微笑んでくれて少し安心したなのはだった。


「あ……ね、ユーノ君」
「ん?」

 なのはにお願いされ、手を繋いで祭りを回っていると、なのはが立ち止まって何かを見つめている。
 実のところ、ユーノはなのはと手を繋いでいる事で頭が一杯でどうにもこうにもな状態にあり、なのはが何を見ているのかさっぱりだった。
 意識の半分以上はなのはの手を握っている右手にある。なのはと一緒にいる事でここまで自分がおかしくなるのかと、少々混乱気味になっていた。

「あれ、ほしいな……」
「あれ?」

 なのはが指差す先、射的の屋台の台に置いてある……フェレットのぬいぐるみ?
 やたらと自分の動物形態の姿に似ている――いや、気のせいだろう。……多分。

「あれがほしいの?」
「うん、寄ってみていいかな?」
「あ、ああ……うん」

 少し複雑な気分になりながらも、なのはがほしいならと屋台の前に立つ。
 と、頭に捻り鉢巻きをしたがたいのいい店主が、子どものような笑顔と野太い声で出迎えた。

「らっしゃい! お、こりゃまたべっぴんさんなお客さんがきたもんだ」
「え、あの……私はそんな……」
「遠慮すんな遠慮すんな! 誰が見てもべっぴんだ! おう、隣の姉ちゃんもまたべっぴんだな!」
「……いや、僕男なんですけど……」
「おっといけねえいけねえ、悪かったな、べっぴんの兄ちゃん!」

 この人、絶対悪いと思ってないな。ていうかべっぴんの兄ちゃんってどんなのだ。
 ノリが良いのは結構な事だが、どうも納得がいかず表情が引き攣った。
 なのはを見ると困ったように苦笑を浮かべている。……否定はしてくれないらしい。

「おうおう、祭りの日にそんなしけた面しちゃいけねえ! しょうがねえ、お詫びに一回無料だ! タダほど安いもんはねぇからな!」

 ガッハッハッハッ、と豪快に笑う店主。
 確かにタダより安い物はないなと妙に納得してしまった。

「い、いいのかな?」
「……いいんじゃないかな」

 遠慮しているなのはに尋ねられ、せっかくだからやらせて貰う事にした。


「あうぅ……」
「げ、元気出してなのは」

 結果、全十発中一発も当たらず。それはもう見事なまでの外しっぷりだった。
 ちなみに、ぬいぐるみを狙った筈の弾がなぜか真反対の端の小さなお菓子に命中していたりもした。
 なのはは管理局でも指折りの砲撃魔導師なのだが……、それとこれとは話が別らしい。

「いや〜、残念だったな嬢ちゃん。ここは彼氏の兄ちゃんがとってやるべきだな!」
「「ぼ、僕達(わ、私達)はそんなんじゃ――!」」
「おうおう、二人とも息がぴったしだ! どっからどう見てもお似合いのかっぷるってやつにしか見えねぇっての!」
「「 う…… 」」

 店主の大声が周囲の人々の笑いを誘い、更にははやしたてられてなのはもユーノも真っ赤になった。
 どうにもこの人には敵いそうにない。桃子やリンディとは違うベクトルの強さといった感じがする。
 それはともかく、落ち込んでいるなのはは見たくなかったので、ここは一つ挑戦する事にした。


「ごめん、なのは……」
「げ、元気出そうユーノ君!」

 結果、あと僅かで落ちそうなところまでいったのだが、神様のいたずらかギリギリで落ちなかった。
 先ほどとは打って変わって、今度はなのはがユーノを元気づけている。

「やれやれ……しょうがねぇ。ほれ、持って行きな」
「え?」
「いいんですか……?」
「おうよ、男に二言はねぇ! 遠慮なんてするなよ。今日は祭り、無礼講だからな!」
「あ、ありがとうございます!」

 気さくに笑う店主がぬいぐるみをなのはに手渡し、なのはが屈託のない笑顔を浮かべて受け取った。
 愛おしそうにぬいぐるみを抱き締めるなのはを見て、ユーノにも自然と笑みが零れていた。

「ったくおいしいかっぷるさんだ。お陰で行列ができちまった」
「……へ?」

 店主の言葉を聞いて後ろを振り向くと、妙にニヤニヤしていたり、若いっていいわね〜、とかなんとか言ってる人の列ができていた。

「え、あ、う……あ、ありがとうございましたー?!」
「ユーノ君どうし……ってにゃああああぁぁぁぁぁ!?」

 ようやく気付いたユーノは茹蛸も負けるくらい顔を真っ赤にして、幸せそうにぬいぐるみを抱き締めているなのはを物凄い勢いで引き摺って行った。

「来年も来てくれよー! ガッハハハハハ!」

 風のように走り去って行くユーノの耳に、店主の豪快な笑い声が聞こえた気がした。



「ちょ、ちょっと待って……! ユ、ユーノ君ってばっ!」
「?!」
「にゃっ!? い、いきなり止まっちゃ……!」
「えっ? っとわああああ!?」

 あれから結構な距離を引っ張られ続けていたなのはが必死に呼びかけ、ようやく気付いたのかやっとの事でユーノは止まった。
 が、かなりの勢いがあっていきなり急停止されてはもともと運動神経の鈍いなのはには対応できず、ユーノの背中に突っ込んでしまった。

「いてて……ご、ごめんなのは」
「う、ううん……(ユーノ君の背中……温かい……)」

 なのはがユーノの背中に覆い被さるような形になり、密着した状態となる。
 その事に気付いてまた真っ赤になってしまったが、心地良い感覚がなのはを包み込んでいく。

「えっと……なのは?」
「……(あ、肩幅も結構あるんだ……。それに、凄く良いにおいがする……)」
「なのは……? なのはってば」
「……あっ!? ご、ごめんなさい!」

 いつの間にやら、なのはは自分でも気づかないうちにユーノの背中にしっかりと抱きついていた。
 ユーノの声で思考が現実に戻り、飛び退くようにユーノから離れる。

「あの……ごめんね、大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん、全然平気だよ。私の方こそ……その……ごめんなさい」
「いや……気にしないで」
「うん……ありがと……」
「……」

 沈黙が流れる。
 少し遠くから、祭りで賑わう人々のざわめきが聞こえてくる気がした。

(な、何か喋らないと……せっかくユーノ君と一緒にいられるのに……)

 必死で言葉を探すが、何も浮かんできてくれない。
 ユーノにとっては久し振りの休日の筈だ。だから、少しでも楽しんでほしいのに。
 だが、焦れば焦るほど頭が真っ白になってしまう。
 どうしようもなく悔しくて、ぬいぐるみを強く抱き締めた。


 ――その時


「「 あ…… 」」

 二人が同時に見上げた先に、燦然と輝きを放ち、夜空を彩る巨大な光輪が花開いた。
 大小様々な花火が、闇夜を背景に美しく咲き誇っては散り、轟音を海鳴に響き渡らせる。
 今宵の祭りのフィナーレ。職人が丹精込めて作り上げた夏の風物詩が、星空を舞台に儚き一瞬を舞い踊る。

「綺麗……」
「……そうだね」

 なのはの囁きに、ユーノが答える。
 自然と顔を見合せて、真っ直ぐ見つめ合い、一緒に微笑む。
 繚乱とした花火に彩られる、壮麗な星空に抱かれながら――





あとがき

おまけがあったのに時間切れ_○__
うぐぅ……明日にでも加筆あるいは単独更新します。
おまけの出演予定は、今回出番のなかった例の四人かな。


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